こんなにも濃厚な臭いを放つ小説は読んだことがない。血と汗と体液がほとばしる。日本海の孤島の漁師小屋に泊まり込み、漁を続ける男五人の物語、『鯖』(徳間書店)である。一癖も二癖もある男たちの体臭と欲望がむんむんと臭い立つ。
かつては「海の雑賀衆」と異名をはせた一本釣りの漁師船団も時代の波にのまれ、五人だけにおちぶれてしまった。一番若い35歳の下っ端、シンイチの視点で描かれる。彼らの漁獲の主役はまるまると太り、脂の乗った鯖だ。三日か四日に一度、漁獲を得意先の割烹に卸し、日銭を手にした時だけ浜の場末の居酒屋で呑んで管を巻くことだけが唯一の楽しみ。いつまでこんな生活が続くかと鬱々としていた彼らに儲け話が持ち込まれる。
巨額な資産を持つIT会社の社長ドラゴン村越とそのビジネスパートナーの中国系カナダ人、アンジェラ・リン(アンジ)が浜の割烹に彼らを招待し、「海の雑賀衆」の再興という事業計画をぶち上げる。島のインフラを整備し、船員も増やし、水産加工場も作る。釣った鯖はヘシコという発酵食品に加工し、中国のセレブ向けに輸出しようというプランだ。莫大な資金は村越が提供するという。
若手の船員研修生3人と中国から5人の少女が水産加工研修生として島に到着する。おんぼろ船に乗るシニアと魚群探知機を備えた新造船に乗る若手に船団は再編成される。容姿に劣等感を持ち、女性恐怖症だったシンイチだったが、アンジに出会い、しだいに自信を深め、船団を統括する船頭に抜擢される。あとは鯖を釣りまくるだけという段階で不穏な動きが島に伝わる。
顔を見られないようにいつもキャップを目深にかぶっていたシンイチが、力とカネを独占し、自分の欲望を極大化しようとした時、物語は荒ぶり、疾走する。とても引用できないような陰惨な暴力と下卑た性の描写に耐えられない読者もいるだろう。
昨年(2017年)大藪春彦新人賞を受賞した赤松利市の初の長編。この受賞第一作の出来に泉下の大藪も満足するだろう。大藪作品特有のドライブ感が本作を駆動する。読者は破滅を予感しながらもページを繰る手を止められない。赤松は「62歳 住所不定 無職 平成最後の大型新人」という惹句でデビューした。毎日新聞の取材に、大学卒業後、金融関係に勤務、35歳でゴルフ関係の会社を起業したが......その後ホームレスも経験したと答えている。新人賞受賞作の『藻屑蟹(もくずがに)』は、原発事故と除染、そして貧困がテーマだった。本作にも骨太な人生観がにじみ出る。サバ缶が健康ブームに乗り、今話題のサバ。そこからサバを加工したヘシコ、さらに中国へと発想を展開した構想力に脱帽。惹句にウソはない。
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