読むべき本、見逃していない?

池田勇人、佐藤栄作は「核武装」論者だった!

核武装と知識人

 1960年6月、日本は安保改定をめぐって極度に緊張が高まっていた。米軍による「核兵器の持ち込み」が懸念されたのも一因だった。あれから60年、本書『核武装と知識人――内閣調査室でつくられた非核政策』(勁草書房)は60年代に「非核三原則」が形作られてきた歴史を、内閣調査室(現在の内閣情報調査室)とそこに協力した保守系・現実派といわれた知識人の姿を通して振り返る。今日の日本の骨格がつくられた経緯を再考するという意味で、政治家、官僚、マスコミ関係者、政治学を学ぶ学生らにとっては必読本といえるだろう。

非核政策の成立過程を検証

 著者の岸俊光さんは昨年、編集で『内閣調査室秘録――戦後思想を動かした男』(文春新書)を出して関係者の間で大いに注目された。内調で長年知識人対策を担当した元主幹・志垣民郎氏の日記をもとに構成したものだ。保守系だけでなく革新系の一部も含めた多数の知識人、マスコミ関係者と内調とのつながりが克明に記されていた。

 例えば志垣氏は、朝日新聞東京本社で安全保障研究室の渡辺誠毅氏とも会っていた。朝日の安保研は内調の機能とほとんど同一の仕事だということで資料を交換し、「親類付き合い」を約束したという。渡辺氏はのちの朝日新聞社長だ。読売の渡邉恒雄氏は志垣氏の東京高校、東大の後輩で長い交流がある。時事通信の長谷川才次代表取締役は、内調の審議員会議に名を連ねていた。

 同書は内容の強烈さにもかかわらず、各メディアでの取り上げ方は案外地味だったと記憶する。自社の大先輩たちと、内調との関係が計り知れなかったからかもしれない。これは学者=知識人も同じだ。同書に登場する有力な学者たちは、たいがい接待漬けだった。教え子たちの心理は複雑だったことだろう。近年、内調の予算は増えているので、実際のところ、さらに濃密な関係が深まっているかもしれない。

 本書『核武装と知識人』は、『内閣調査室秘録』と同時進行で、岸さんが自身の研究として執筆したもの。多数の関係者に再取材し、先行研究や内外の資料に当たりながら、非核政策の成立過程を検証している。

 岸さんは1961年生まれ。 早稲田大学法学部卒業後、全国紙学芸部の論壇記者や論説委員として歴史問題などの取材に携わり、 2009年から10年まで米国ジョンズ・ホプキンス大学客員研究員。日米「密約」問題を調査し、18年, 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科に本書のもとになった学術論文を提出、 博士(学術)を取得した。現在, 全国紙のオピニオングループ部長委員。著書に『ペリーの白旗』(毎日新聞社)、共編に『慰安婦問題という問い』(勁草書房)がある。

なぜ吉原公一郎氏が内調の情報を入手できたのか

 本書は「第Ⅰ部」「第Ⅱ部」に分かれ、以下の構成。

 序章 「官製シンクタンク」の非核提言
 第Ⅰ部 内閣調査室とは何か
 第1章 内閣直属の情報機関構想
 第2章 内閣調査室の中国事情調査
 第3章 内閣調査室の知識人人脈
 第Ⅱ部 内調における知識人の核政策研究
 第4章 非核政策の萌芽と若泉論文
 第5章 非核政策の構築と首相献策
 第6章 非核政策の確立と核武装研究
 終章 非核政策の実像と課題

 「第Ⅰ部」は上記の志垣氏と、意外にも吉原公一郎氏の資料を参考にしている。内調は秘密のベールに包まれ、公表されている資料はきわめて乏しいが、吉原氏は60年12月号の「中央公論」に「内閣調査室を調査する」、63年に『小説日本列島』、78年に『謀略列島――内閣調査室の実像』を発表するなど、内調に関する論考が多いジャーナリストとして知られる。本書によって、なぜ吉原氏が内調の情報を入手できたのか、得心できた。

 戦後の混乱期に早稲田大仏文科を中退した吉原氏は、曲折を経て当時「金融王」として有名だった森脇将光氏の「森脇文庫」に入る。刊行されていた「週刊スリラー」で精力的に記事を書いた。森脇氏は「森脇メモ」で知られ、戦後の疑獄事件にたびたび登場する。要するに秘密の情報源を持っていた人だ。吉原氏はさらに、戦後の数々の怪事件の弁護士として有名な正木ひろし氏とも親しくなる。当時の仕事を通じて、広範な人脈をつくったという。

 内調の機密文書は、元職員から入手したそうだ。上司に信頼され、資料を管理していた人物だったという。資料の一部は内調をモデルにした小説、『深層海流』などを発表した作家の松本清張氏にも渡っていたらしい。昭和の20年代から30年代にかけての、裏世界に通暁する人たちの水面下のつながりが垣間見える。今回、岸さんは吉原氏が今も持つ大量の資料も閲覧したという。

岸首相時代に「非核三原則」の骨格

 本書の主題となっている核政策で再認識したことがあった。「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則の骨格はすでに岸信介内閣のころにできていたというのだ。「作らず」は鳩山一郎内閣時の55年、原子力基本法で原子力利用が「平和目的」に限られて以来の原則。「持たず」は57年の国会審議で岸首相が、「核兵器を持つ、装備するという考えは絶対にとらぬ」と言明したことに起因する。「持ち込ませず」についても、岸首相が同年のアメリカの原子部隊進駐をめぐる国会質疑で「承認を与える意思は持っていない」と答弁している。この経緯からすれば、非核三原則の源流は岸政権にあるといえるだろう、と著者は記す。

 しかしながらその後の道のりは平たんではなかった。岸首相の後継になった池田勇人首相は、所得倍増など経済重視の人と思われがちだが、内輪の席の発言は違ったようだ。首相になる前の58年5月ごろ、「日本も核武装しなければならん」と述べ、秘書の伊藤昌哉氏が慌ててたしなめたことがあるという。首相就任後も、自民党総務会の宴席で中曽根康弘氏に「やはり日本も、核を持たなくては駄目だね」と話したことがあったという。

 佐藤栄作首相も64年12月のライシャワー駐日大使との会談で「もし相手が『核』を持っているのなら、自分も持つのは常識である」と述べていたという。岸、池田、佐藤の三代の首相の言葉を振り返ると、岸首相が最も穏当に思える。

 佐藤首相は64年11月から72年7月まで約7年8か月に及ぶ在任中、沖縄返還交渉に腐心した。67年には国会で初めて「非核三原則」を表明し、74年には「太平洋地域の和解と核兵器の拡散防止の努力」でノーベル平和賞まで受賞している。しかし、一直線に「非核三原則」に進んだのではないことが本書を通じて明らかになる。「佐藤の非核の決断を裏書きしたのは知識人グループであった」というのが本書の骨子だ。

学生時代から目を付けていた

 非核政策は、どのような経緯を辿って形成されたのか。それが本書の「第Ⅱ部」で明かされる。なぜ佐藤首相は「核保持」から「非核」へとスタンスを変えたのか。沖縄返還交渉とどう絡んでいたのか。そのあたりは本書を実際に読んでいただくとして、ここではとりあえず、関係する知識人のキーマンの一人、若泉敬・京都産業大学教授と内調との深い関係だけを紹介しておきたい。若泉氏は、内調との接点は東大の学生時代にさかのぼる。

 内調の志垣氏は、早くから東大の学生組織「土曜会」に注目し、資金面でテコ入れしていた。容共的な学生運動に嫌悪感を持つグループだ。若泉氏はそのメンバーの一人だった。のちに若泉氏は異例の若さで佐藤首相のブレーン的存在になり、沖縄返還交渉では佐藤首相の密使役を務めることになる。志垣氏からすれば、昔まいた種が育ったということだろう。本書でも「非核政策の萌芽と若泉論文」と一章を設けている。

 若泉氏の名前は、『佐藤栄作日記』(全6巻)に83回も登場するそうだ。有名な国際政治学者の高坂正堯氏でも19回に留まる。いかに佐藤首相との関係が密で信頼されていたかが分かる。

 しかしながら本書で興味深かったのは、若泉氏も志垣氏も、特に佐藤首相を高く評価して支えていたわけではないというところだ。

 若泉氏は、佐藤首相に助言を申し出た時の心境をこう記していた。「それは、本質的には、佐藤栄作氏個人に対してなされたものではなく、日本国の総理大臣に対しての私の『申し出』であった」。志垣氏はさらに辛辣だ。政権獲得直前に佐藤氏の3時間に及ぶ話を聞いて、「平々凡々たる人物」「識見らしきもの、政策らしきものの片鱗もなくて総理になれるという日本の現実は、ある意味では進んだ社会といえるのかもしれない」と日記に書き残している。

 今日の官僚や学者たちは、二人の発言をどう受け止めるだろうか。同じようなつぶやきがあるのだろうか。

歴代の内閣は踏襲

 「非核三原則」は71年に国会決議され、今や「国是」になっている。歴代の内閣は踏襲し、安倍内閣も2019年段階では、「これまでも見直しの議論をしてきておらず、これからも議論することは考えていない」との姿勢を変えていないと本書。

 もっとも三原則のうち、「持ち込ませず」については1974年、アメリカ議会でラロック退役海軍少将が「核兵器が搭載可能なアメリカ艦船は必ず核を積み、日本など外国の港に入港する際に核兵器をおろすことはない」と証言したことで大騒ぎになった。このほか日米安保や沖縄返還の「密約」もしばしば指摘される。岸さんは現在、別の雑誌で「密約」に関する連載を始めたところなので、本書ではほとんど取り上げられていない。

 本書では60年代の中国の核実験の話も出てくる。64年、65年、66年と立て続けに原爆実験を続け、67年には初の水爆実験にも成功している。当時の中国とは国交がなかった。核拡散防止条約の発効は70年のことだ。今の北朝鮮の姿とダブる部分がある。

 日本の核開発の可能性については、本書で引用されている中曽根元首相の回想が腑に落ちた。防衛庁長官だった70年、「現実の必要を離れた試論」として核武装についての日本の能力を研究させた。当時の金で2000億円、5年以内で出来るが、「核実験場がないのが大きな問題」という結論に達したという。たしかに、いわれてみればその通りだ。

 BOOKウォッチでは、内調関連で『内閣情報調査室――公安警察、公安調査庁との三つ巴の闘い』 (幻冬舎新書)、『日本の情報機関―知られざる対外インテリジェンスの全貌』 (講談社+α新書)、『官邸ポリス――総理を支配する闇の集団』(講談社)など。日米関係では『「日米合同委員会」の研究』(創元社)、『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社)、『秘密資金の戦後政党史――米露公文書に刻まれた「依存」の系譜 』(新潮選書)、『スノーデン・ファイル徹底検証――日本はアメリカの世界監視システムにどう加担してきたか』(毎日新聞出版)など。沖縄返還交渉の密約について『記者と国家』(岩波書店)、歴代首相については『ミネルヴァとマルス 上 昭和の妖怪・岸信介』(株式会社KADOKAWA)、『田中角栄研究全記録』(講談社文庫)、中曽根元首相の『自省録―歴史法廷の被告として』(新潮文庫)など。自民党については『自民党秘史』(講談社現代新書)、戦後の怪人物では『評伝田中清玄――昭和を陰で動かした男』(勉誠出版)、60年代の学生運動では『未完の時代――1960年代の記録』(花伝社)など多数紹介している。

 佐藤首相が在任中に、日中関係の正常化で秘密交渉を試みていたことは、J-CASTニュースの2018年07月18日配信「佐藤栄作首相『新聞記者は出ていけ』発言の真相」で取り上げている。

  • 書名 核武装と知識人
  • サブタイトル内閣調査室でつくられた非核政策
  • 監修・編集・著者名岸俊光 著
  • 出版社名勁草書房
  • 出版年月日2019年7月20日
  • 定価本体3600円+税
  • 判型・ページ数四六判・412ページ
  • ISBN9784326351787

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