トランプ政権が在日駐留米軍に対する負担増を要求しているらしい。日本政府は否定しているが、半年ほど前から似たような報道が再三あるので、おそらくは事実なのだろう。
この問題を日米はどこの会合で具体的に協議するのか。ひょっとしてここかも、と思って『「日米合同委員会」の研究』(創元社)を手にしてみた。残念ながら、そのことに関しては良く分からなかったが、別の意味で極めて興味深い本だった。法治国家を揺るがすようなシークレットな話が克明に記されているからだ。役人やマスコミ関係者だけでなく、法学部の学生・・・いや、多くの日本人にとって必読本だと思った。
本書によれば、「日米合同委員会」というのは、日本における米軍の基地使用・軍事活動の特権などを定めた「日米地位協定」の具体的な運用について協議するための機関だ。 1952(昭和27)年に対日講和条約、日米安保条約、日米行政協定(現在の地位協定)が発効したことにともない、日米合同委員会も発足した。
名前からすると、日本と米国が対等の立場で何かを協議する場のように思える。しかし、その実態は本書の表紙写真に象徴されている。テーブルを挟んで左側に背広姿の日本人、右側には軍服姿の米国人。何とも奇妙な光景だ。米国側の代表は在日米軍司令部の副司令官で、日本側の代表は外務省の北米局長だ。
多数の分科委員会や部会が常設で設けられている。出入国、通信、民間航空、民事裁判、刑事裁判、事故、財務、港湾などだ。それぞれの部門の米国側の代表者は、在日米大使館参事官を除いてすべて軍人。日本側の担当者は、外務、防衛はもちろん、法務、郵政、国交、農水など多数の省庁に分かれる。おおむね課長以上の高級官僚が出席している。メンバーの実数は明らかにされていないが、1953年段階で米側は約70人、69年段階で日本側が147人という記録がある。かなり大きな委員会だ。
この委員会で時折議論されることに、米軍が管制する「空域」の問題がある。米軍の「特権」の一つだ。最近では羽田空港の新飛行ルート案で注目された。なぜなら新ルート案では羽田への飛来便が数分間、米軍が管制している巨大な「横田空域」を通過するからだ。場所としては練馬区の上空あたり。
朝日新聞など各紙の報道によると、政府は飛行の安全のため、この数分間の管制を日本側で行うことを求め、日米合同委員会の分科会などで米軍側と調整した。その結果、横田空域を通過中も日本側が一元的に管制できることで合意し、新ルート問題が大きく前進した経緯がある。
首都上空の広大なエリアの管制を米軍が握り、民間機が自由に飛べない、米軍のOKが出て初めて新ルートにゴーサインが出る、など主権国家として情けない状況が続いていることを改めて見せつけた。
合同委員会に出席した国交省航空局の役人も、内心は腹立たしい思いで交渉したことだろう。それとも長年のことだから慣れっこになっているのか。
誰もが気づくのだが、この委員会は文官と軍人という基本的に立場の異なる組み合わせになっている。さすがに在日米国大使館も「ちょっと異常」ということで、米国側の代表を軍人から駐日米国公使に替えようとしたこともあったそうだが、米軍側が拒否、現在もこの状態が続いているのだという。
委員会の大きな特徴は会合の回数と場所だろう。何と2週間ごとに開かれている。これまでに約1600回。場所は東京・南麻布の「ニューサンノー米軍センター」(通称ニュー山王ホテル)と外務省が交互らしい。
「ニューサンノー米軍センター」とはどんなところなのか。米軍関係者専用の施設だという。7階建ての外観は確かにホテル風だが、入り口に立っているのはドアボーイではない。黒づくめの制服とベルトに警棒、拳銃のホルスターも備える警備員だ。分かりやすく言えば、米軍横田基地の都心出張所みたいなところ。そこに日本の官僚がわざわざ出向いて「米軍様」と協議しているというわけだ。「座間基地」が会場だった時代もあるというから、日本側の出席者も心中複雑だったかもしれない。
「日米地位協定」は全28条からなる。朝日新聞の2010年08月13日付「キーワード」によると、しばしば問題になる米兵の犯罪については、「米兵らの公務執行中の犯罪などは米軍に第一次裁判権があり、その他は日本がこの権利を有するとしている」。
この文言だけ読めば、日本側に相応の「主権」が認められていると思うだろう。ところが本書によれば地位協定の「運用」を協議する日米合同委員会では「密約」が成立しているのだという。「日本にとっていちじるしく重要な事件以外は裁判権を行使しない」という密約だ。
当初、米国側はこの内容を公表しようとしたが、日本の法務省が強硬に反対、「密約」の扱いになったという。その経緯が本書では詳しく書かれている。こんなことがオープンになったら大変だ、と法務省は心配したのだろう。結果として、米兵の犯罪の起訴率が非常に低くなっていると本書は指摘している。
もうひとつ、犯罪がらみではこんなことも。「身柄引き渡し」に関する「密約」だ。「米軍人・軍属による犯罪が、公務執行中かどうか疑問なときは、被疑者の身柄を当該憲兵司令官に引き渡す」というもの。地位協定を読む限りでは、米兵らの「公務執行中の犯罪以外は日本側に司法権がある」ように思えるのだが、実際は密約があり、「公務執行中かどうか疑問なときは、被疑者の身柄を米軍に渡す」、日本側が逮捕した場合でも「いちじるしく重要な事件以外は裁判権を行使しない」というわけだ。
つまり、米兵の犯罪については「協定」の規定よりも「大甘」にすることが「密約」でまかり通っている。それゆえ、基地周辺の事件では、しばしばトラブルが起きているのだろう。
こうした「米兵犯罪」の特別扱いについては、合同委員会の「密約」を受ける形で法務省の中には「合意事項」「秘密取扱集」とでも呼ぶべき文書集があって、しっかり引き継がれているのだという。
本書は「PART1 日米合同委員会とは何か」「PART2 なぜ日本の空は、米軍に支配されているのか」「PART3 日本占領はどのようにして継続したのか」「PART4 最高裁にもあった裏マニュアル」「PART5 密室の協議はこうしておこなわれる」の5章構成。
日米合同委員会の合意文書や議事録は原則的に非公開。そのため本書は関連する日本政府の部外秘資料や最高裁の部外秘資料、米国の解禁秘密文書、在日米軍の内部文書などをもとに実像に迫っている。
国民の目には届かない「米軍優遇」の実態を丹念に調べ、それを追認する「日米合同委員会」の在り方に疑問を呈したのが本書というわけだ。第60回の日本ジャーナリスト会議賞を受賞している。
著者の吉田敏浩さんは1957年生まれ。明治大学時代は探検部に属し、『森の回廊』(1995年)で第27回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。その後、『ルポ 戦争協力拒否』 (岩波新書、2005年)、『密約 日米地位協定と米兵犯罪』(毎日新聞社、2010年)など硬派ジャンルの本が増え、近著に『日米戦争同盟―― 従米構造の真実と「日米合同委員会」』(河出書房新社)などがある。元探検部員としてのネーチャー・ルポから現代史探究というフィールドに広げたということでは本多勝一氏と似ている。
吉田さんは「日米合同委員会の研究を通じて見えてくるのは、この国が真の主権国家、独立国家とはいえないという、悲しい現実です」と語る。そして「日本という国の内部に憲法が通用しない闇の世界」があることを放置して、どうして安倍政権は「日本を取りもどす」などと言えるのかと憤る。
一方で、読者の中には日米安保体制の傘の下にいるのだから、米国・米軍を優遇するのは当たり前と考える人もいるだろう。ただし、余りにも多くのことが「密約」で処理され、中には憲法に抵触するような事項もあるというのは、やはり異常と言える。実際、全国知事会は昨年8月、日米地位協定の抜本的な見直しを日米両政府に提言しているそうだ。
本書でいちばん興味深かったのは、50年代末の日米協議で日本側から多数の「改定」の声が上がっていたというところ。安保条約改定に突き進む岸信介内閣のころの話だ。「極秘 行政協定調整に関し関係各省より提示された問題点」(59年2月19日付)、「極秘 行政協定調整に関する実質的問題点」(同2月24日付)、「極秘 行政協定改訂問題点」(同3月20日付)などが最近の民主党政権時代に情報開示されている。
それらの中には、米軍優位の協定を抜本的に変えるべきだという指摘もあった。例えば、米軍による基地・演習場の「排他的管理権」を「両政府の合意により定める条件で使用する権利」に改めよ、などという手厳しいものも。もちろん実現しなかったわけだが、当時の官僚は、なかなか骨があったと感心する。こうした要望は当然、大臣の了承を得ていると思われるが、岸内閣の時にそのようなことが可能だったのか、いささか不思議にも感じる。今日、日米地位協定は自明のものとして存在しているが、かつては自民党政権側にも相当の違和感があったことがうかがえる。
長くなったが、最後に最近の「日米合同委員会」にからむ訴訟の話を紹介しておこう。19年6月27日、「認諾」という珍しい手続きで突然終了した裁判があった。「認諾」とは民事訴訟で、被告が原告の主張を肯定すること。原告はNPO法人「情報公開クリアリングハウス」、被告は国。
NHKなどによると、原告側は、日米合同委員会で「双方の合意がないと議事録を公表しない」と交わされた文書を国が開示しないのは不当だとして、賠償を求めていた。国側は、改めてアメリカ政府とメールなどでやりとりし、米側が「公開に同意しないと伝えてきた」と主張していた。そこで東京地方裁判所が国側に対し、米側とのやりとりのメールを裁判所だけに確認させるよう命じたところ、国が裁判で争わずに賠償に応じる「認諾」という手続きを取り、賠償金110万円を払うことで裁判が終了したというのだ。どうやら金だけ払って、何の記録も残らない状態で裁判を終わらせることにしたようだ。
詳細が東京新聞の「こちら特報部」で二回に分けて報告されていた。たしかに「異例の事態」(同紙)といえる。こうしてまた、「日米合同委員会」については、国民には理由がよく分からないまま「非公開」が続いてくことになるのだろう。
本欄では関連で『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社)、『株式会社化する日本』(詩想社新書)なども紹介している。
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