「デリバリールーム」とは、英語で「分娩室」を意味する。西尾維新さんの新作『デリバリールーム』(講談社)は、妊婦がバトルを繰り広げるという小説だ。その趣向を聞いて、ありがちな「生き残りゲーム」を連想したら、想像はあっさり覆された。西尾さんが新境地を拓いた作品が誕生した。まさにこの作品が「デリバリールーム」の役割を果たしたと言っていいだろう。
主人公は儘宮(ままみや)宮子、中学3年生。「赤ちゃんができたの。パパの子だよ」という爆弾発言で物語は始まる。作家の秩父佐助は妻と離婚し、月に1回の娘との面会を半年ぶりに果たしたばかりだった。
お腹周りのサイズはもう安定期に入った様子で、中絶は無理と思われた。子どもを産んで育ててゆく、という宮子は、1通の招待状を差し出し、その参加料50万円を要求するのだった。それにしても、「パパの子」という一言が気になるが、それはおいおい分かるだろう。
招待状は甘藍社という企業が出したもので、その要点は以下の3点だった。
・参加費50万円 ・幸せで安全な出産と、愛する我が子への輝かしい未来を獲得するためのチャンスの進呈 ・デリバリールームへの入室が必須
尋常ではない申し出に困惑しつつも、宮子はこの招待を受けることにする。指定された空港から飛行機に乗り、着いたのは廃病院の跡だった。しかも多めに招待状を出したためオーバーブッキングになっており、妊婦二人一組の話し合いで辞退者を募るという。
待合室で事実上の予選の対戦相手となる咲井乃緒(さいたいのお)と向き合うことになった。セーラー服の宮子に対し、相手はキャリアウーマンといった風情のパンツスーツ姿。年齢的にもキャリア的にも自分の方が最後のチャンスだから譲れという。これを宮子がはねつけ、生まれてくる子どもの性別当てゲームで対戦が始まる。
この問答が丁々発止のやり取りで読ませる。宮子は成績オール5と賢く、論理的な思考も出来るし、度胸もある。頭脳戦を力業で突破する。
予選を通過して残った妊婦はそれぞれ、女子中学生(宮子)、現役アイドル、未亡人、無職、詳細不明という5人。ここからいくつか奇妙なゲームが行われる。ネタばれになるので、その中身にふれることはできない。しかし、ここで行われるのは本当に参加者を競わせる「ゲーム」なのだろうか?
事前に甘藍社のCEOからこんなアナウンスがある。
「しつこいようですが、妊婦さまがたに、権利を巡って醜く争わせるような、悪趣味な真似は致しません。するわけがございません。(中略)競争どころか、逆に皆さまには、協力態勢を取っていただきたいと思っているのです。そう、これは母親学級だとお考えください」
ペナルティや罰ゲームのようなものはなく、場合によっては、参加したすべての妊婦に幸せで安全な出産のチャンスを提供できるという。ネット上には「デスゲーム」ではないかという流言飛語があったので、少し安心する宮子だった。
陰惨なデスゲームなのか温和な母親学級なのか、読者は混乱するだろう。ただ1人の勝者を残して他が敗者となり、場合によっては死に至るという物語やゲームに親しんできた者にとって、こんな奇妙な設定の物語は初めてだろう。
やがて甘藍社がなんのために、この「デリバリールーム」を開設したかが明らかにされ、宮子の妊娠の真相が語られる。
宮子をはじめ、参加した妊婦はそれぞれに切実な事情を抱えていたがゆえに、「デリバリールーム」に参加した。我が子に輝かしい未来を獲得させるために。
こうした物語やゲームの本質は「競争」である。しかし、本書では「協同」あるいは「利他性」という概念こそが至上であることが伝わってくる。宮子がからだを賭けて実行するさまは感動的である。
コロナ禍で混沌とする2020年の世界で、この思想的転換がエンターテインメント小説で書かれたことが記念碑的な出来事のようにも思える。
「宮子」をひっくり返せば「子宮」になる。世界はいま、新たな思考やシステムの産みの苦しみの時期を通りかかっているのかもしれない、そんな予感すら与える骨太な作品だ。
西尾維新さんは、1981年生まれ。『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』で第23回メフィスト賞を受賞し、デビュー。同作に始まる「戯言(ざれごと)シリーズ」のほか、アニメ化された『化物語』(<物語>シリーズ)など著書多数。昨年100タイトル目となる『ヴェールドマン仮説』を上梓した。
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