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「暴力団」の語源はここから始まった?

悪党・ヤクザ・ナショナリスト

 本書『悪党・ヤクザ・ナショナリスト』(朝日新聞出版)は、センセーショナルなタイトルだが、アメリカの女性歴史学者が書いたれっきとした学術書である。79ページにも及ぶ巻末の参考文献リストが圧巻だ。しかし、読むと滅法面白い。近代日本の政治がいかに暴力を受け入れてきたか、暴力とともに成立したかが分かり、圧倒される。

原著はハーバード大学の博士論文

 著者のエイコ・マルコ・シナワさんは、1975年、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。ウィリアムズ大学歴史学部教授。原著は2003年にハーバード大学に提出した著者の博士論文を大幅に加筆したもので、17年ぶりに日本の読者に届いたことになる。

 イントロダクションの書き出しが実にストレートだ。

 「暴力は近代日本政治史において恒久的な原動力であった。近代日本はその誕生からして暴力的だったのである」

 明治新政府の樹立は志士による敵対勢力の暗殺に始まり、戊辰戦争の終息まで、暴力が猛威を奮った結果であることを示している。

「暴力専門家」と政治の結びつき

 志士、博徒、壮士、院外団、大陸浪人、国粋会・正義団などの国家主義右翼団体、戦後の暴力団や児玉誉士夫のようなフィクサーまで多彩な面々が登場する。著者は彼らを「暴力専門家」と呼んでいる。

 暗殺やクーデターなどの耳目をひく現象だけではない。乱闘や殴り合い、脅迫、恐喝といった暴力行為は、「近代日本の政治的営み全体に深く根を張っていた」として、なぜ暴力専門家が政治と密接に結びついたかを解明している。

 本書の構成は以下の通り。

 第1章 愛国者と博徒 暴力と明治国家の成立
 第2章 暴力的民主主義 悪党と議会政治の誕生
 第3章 暴力の組織化と政治暴力という文化
 第4章 ファシストの暴力 戦前の日本におけるイデオロギーと権力
 第5章 民主主義の再建 戦後の暴力専門家
 最後に 暴力と民主主義

ヤクザのボスから衆議院議員に

 表紙を飾るのは、火野葦平の『花と竜』のモデルにもなった九州の博徒の親分、吉田磯吉である。帽子をかぶりコートを着て紳士然としているが、「現代の幡随院長兵衛」という評判をとった侠客だ。ヤクザのボスから大正4年(1915)、衆議院議員となり、憲政会の武闘派議員としても鳴らした。これには素地があった。

 明治の自由民権運動というと、リベラルなイメージがあるが、実際には博徒や侠客らが担った部分があったことを指摘している。その中から「壮士」と呼ばれる一群が生まれる。高下駄を履いたり、ブランケット(毛布)を羽織ったりした壮士の絵が、本書83ページに載っている。活動家は次第に無頼漢となり、大正時代には暴力専門家は政党の院外団に正式に組み込まれる。

「インテリ団」と「暴力団」

 1910年、政友会本部の中に院外団専用の事務所が設置され、院外団は二つの組織に区分された。知的なグループの「インテリ団」と暴力的なグループ「暴力団」である。後者を構成するのは壮士で、「街のギャング」と変わらない機能を果たした、と書いている。本書はふれていないが、「暴力団」という呼称は、ここに由来するのではないだろうか。

 のちに自民党副総裁になった大野伴睦が院外団からスタートし、当時の乱闘騒ぎを懐かしく回想しているエピソードを紹介している。誰を殴ったかで報酬も決まっていたという。

 解説で藤野裕子・東京女子大学現代教養学部准教授は、「院外団や政党傘下の暴力団のように、大正デモクラシー期の政党政治において、政治と暴力の結びつきはむしろ『制度化』されたのだというのが著者の主張である」と書いている。

戦後のヤクザと保守

 戦後もヤクザと保守ネットワークは結びついた。本書では、1960年が戦後の「暴力専門家」の最盛期だった、としている。三井三池炭鉱争議に暴力団が介入。日米安保条約の国会審議でも岸首相と自民党は条約を成立させるため、強硬手段に踏み切った。暴力団のメンバーが自民党青年部と協力して衆議院本会議場の傍聴席を占拠したという。日本社会党の浅沼稲次郎委員長が右翼団体に所属する山口二矢という17歳の少年に刺殺される事件もこの年に起きる。

 暴力専門家はいま、政治の舞台から姿を消したが、「いまなお暴力の可能性は消滅しておらず、暴力の脅威は持続している」と著者は結んでいる。

 BOOKウォッチでは、関連で『天皇と右翼・左翼』(ちくま新書)、『電源防衛戦争』(亜紀書房)などを紹介済みだ。

  • 書名 悪党・ヤクザ・ナショナリスト
  • サブタイトル近代日本の暴力政治
  • 監修・編集・著者名エイコ・マルコ・シナワ 著、藤田美菜子 訳
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2020年6月25日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・384ページ
  • ISBN9784022630971
 

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