読むべき本、見逃していない?

マスコミで「知られざる戦争」が始まっていた!

  • 書名 歴史戦と思想戦
  • サブタイトル歴史問題の読み解き方
  • 監修・編集・著者名山崎雅弘 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2019年5月17日
  • 定価本体920円+税
  • 判型・ページ数新書判・304ページ
  • ISBN9784087210781

 本書『歴史戦と思想戦』(集英社新書)はただいま「三冠王」。アマゾン「集英社新書」「日中・太平洋戦争」「メディアと社会」の三部門で1位になっている(2019年5月28日現在)。かなり人気の新書のようだ。

 サブタイトルには「歴史問題の読み解き方」とある。帯には大きく「内田樹氏、津田大介氏推薦」のキャッチが躍る。難解そうな内容だと思われるが、どうしてそんなに引き合いがあるのだろうか。

産経新聞が2014年4月からシリーズ

 もう少し「帯」をながめると、「『従軍慰安婦はいなかった』『南京虐殺はなかった』『GHQが日本人を洗脳した』・・・それってホントなの?」とある。そうか、たぶんそのあたりのことを詳しく書いているのだな、とだんだん内容の推測がついてくる。

 正直に言うと、本書のタイトルになっている「歴史戦」という言葉を知らなかった。「歴史」という名詞に「戦争」という名詞をくっつけただけかと思った。ところが全然違った。著者の戦史・紛争史研究家、山崎雅弘さんはこう説明している。

 「わかりやすく言えば、中国政府や韓国政府による、歴史問題に関連した日本政府への批判を、日本に対する『不当な攻撃』だと捉え、日本人が黙ってそれを受け入れるのではなく、中国人や韓国人を相手に『歴史を武器にした戦いを受けて立つべきだ』という考え方です」

 最初に使い始めたのは産経新聞。2014年4月から「歴史戦」というシリーズをスタートさせ、10月には単行本にした。そして15年以降、保守系の論者が『反日同盟 中国・韓国との新・歴史戦に勝つ!』、『歴史戦は「戦時国際法」で闘え』、『「歴史戦」はオンナの闘い』などの著作を次々と出しているのだという。

 山崎さんによれば、「歴史戦」と銘打った書物にほぼ共通しているのは、日本の「敵」は中国と韓国だという「戦い」の構図。これらの書物の著者は、いずれも過去に産経新聞や同社の月刊誌「正論」に寄稿した経歴を持つ人物で、産経新聞と「歴史戦」において「共同戦線」を展開している形になっているらしい。

陸軍が「思想戦」を展開

 以上の説明を読んで、「歴史戦」という言葉の意味がなんとなく分かってきた。では、タイトルにもう一つ付いている「思想戦」とはどういうことか。こちらは聞いたことがある。現代史を振り返るとき、しばしば言及されるからだ。山崎さんはおおむね以下のように説明する。

 1934年、陸軍省軍事調査部は『思想戦』と題した小冊子を作成した。軍事力だけで戦争の行方を左右する時代は終わり、思想(国内外での宣伝と心理操作)や経済が、軍事力に匹敵する時代が到来しているという見立てだ。日本もすでに「思想戦」の攻撃と侵犯を被っている形跡が見えるので、日本人は心してこれに対抗すべきだという注意喚起をしていた。

 山崎さんは戦前の軍部などによる「思想戦」と、最近の「歴史戦」の類似に注目する。

 「産経新聞とその同調者が展開する『歴史戦』のスタンスや戦術を観察すると、その内容は彼らのオリジナルではなく、かつて日本政府が中国などを敵として繰り広げた『戦い』と、多くの共通点を持つものである事実に気付きます」

 つまり、産経新聞などが展開している「歴史戦」は戦前に展開された「思想戦」の復活、もしくは継続ではないかというわけだ。こうして本書が「歴史戦と思想戦」というタイトルを付けている理由が、門外漢の評者にもわかってくる。

 それにしても「社会の公器」「木鐸」であることを課せられているはずの全国紙が、言論の自由があるとはいえ、「戦争」を煽っている状況は、いささか尋常ではない気もするが、どうだろうか。

「歴史戦」を1人で受けて立つ

 本書は「第一章『歴史戦』とは何か」、「第二章『自虐史観』の『自』とは何か」、「第三章 太平洋戦争期に日本政府が内外で展開した『思想戦』」、「第四章『思想戦』から『歴史戦』へとつながる一本の道」、「第五章 時代遅れの武器で戦う『歴史戦』の戦士たち」の5章に分かれている。

 ・「歴史戦」のひとつ目の主戦場:戦時中の慰安婦問題
 ・「歴史戦」ふたつ目の主戦場:日本軍による南京での虐殺
 ・なぜ大日本帝国の否定的側面を批判する行為を「自虐」と呼ぶのか
 ・「歴史戦」の論客の頭の中では今も生き続ける「コミンテルン」

 上記のように、いわば「歴史戦」の世界で共通認識になっている事柄を俎上に載せて疑問をはさむ。いわゆる「嫌韓」「嫌中」本に書かれている内容を仔細に検討し、事実や論理がおかしくないか、ここまで徹底的に分析した本は初めてかもしれない。「歴史戦」を1人で受けて立った格好だ。それゆえ、注目されているのだろう。

 著者の山崎さんは1967年大阪府生まれ。『日本会議 戦前回帰への情念』(集英社新書)、『「天皇機関説」事件』(集英社新書)、『1937年の日本人』(朝日新聞出版)、『[増補版]戦前回帰』(朝日文庫)などのほか、専門的な軍事関係の著作が多数ある。

 経歴は記されていないので、どんな人なのかイマイチ良くわからないが、子どものころ、実家では祖父母が朝日新聞、両親が産経(サンケイ)新聞を定期購読していたそうだ。したがって長年、両方の新聞に親しんできたという。ただし、当時の産経新聞は「特定の国を敵視したり、大日本帝国を擁護するために過去の歴史を否認するようなことはしていませんでした」と回想している。

デマを事実のように書く

 このあたりのところで特に興味深かったのは、産経新聞が、日中戦争当時の中国側の最高責任者だった蒋介石の伝記「蒋介石秘録」を連載していた話だ。1974年から76年にかけてのことだ。その中で蒋介石は南京虐殺の犠牲者数として「三十万人とも四十万人ともいわれ、いまだにその実数がつかみえないほどである」と記していた。もちろん現在の産経のスタンスは真逆だ。

 南京事件については、BOOKウォッチで『増補 南京事件論争史』(平凡社)を紹介済みなので、より詳しく知りたい人には参考になるかもしれない。

 さらに本書でちょっと興味深かったのは、戦前の「ロンドン軍縮会議」に関するくだりだ。陸軍の『思想戦』は、「日本の某新聞等が、米国の手先に操られたと噂されたが、事実とすればこれらは皆、思想戦に対する無反省から来た失態である」と書いていたという。

 これは「キャッスル事件」のことだ。デマを流した右翼系人物らを新聞社側が訴えて勝訴したのだが、『思想戦』では新聞社を攻撃する材料として使われていたことがわかる。「デマ」を「事実」かのごとく流布させる手法だ。この経緯についても最近、BOOKウォッチで紹介したばかり。メディア研究の第一人者として知られる佐藤卓己・京都大学大学院教育学研究科教授『流言のメディア史』 (岩波新書)にたっぷり書かれていた。

 「歴史戦」がはらむ問題は、おそらくそれがマスコミレベルの単なる言論戦にとどまっていないことだろう。本書では政治レベル、すなわち「歴史戦」関係者と安倍政権との「近さ」が指摘されている。

 ただし、最近になって「歴史戦」を推進する側が、やや「守勢」に回っている気配もあるようだ。たとえば『「歴史戦」はオンナの闘い』の共著者である杉田水脈代議士は、LGBTに関する発言で物議をかもした。また、「週刊文春」などによると、産経新聞は2019年2月、大量の希望退職を募ったという。2月22日のJ-CASTニュースによると、2019年春入社に向けた産経の内定者はたった2人。前年の38人から激減したとのこと。「歴史戦」を続けるには陣形の再構築が必要な状況かもしれない。

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