最近、インバウンドの外国人観光客で大賑わいの大阪。道頓堀かいわいは彼らで溢れかえっている。NHKの人気番組「ブラタモリ」も先日、大阪の「ミナミ」を取り上げ、江戸時代の芝居小屋から始まり、お笑いの街へと変わっていった歴史を紹介していた。
東京に比べて全国メディアでの露出が少ない大阪だが、大阪についての本が決して少ない訳ではない。だが、キタとミナミの比較や京都・大阪・神戸の三都論など、どこか手垢がついた論の枠組みから逸脱しないものが多いので少し不満に思っていた。
本書はタイトルもずばり『大阪』(ちくま新書)だ。帯に「地理学者と、街へ!」とあるように、あまり「大阪本」が足を踏み入れないような「場所」と「空間」に読者を誘う。
著者の加藤政洋さんは、大阪市立大学大学院で人文地理学を修めた博士(文学)。いまは立命館大学の教員だ。著書の『大阪のスラムと盛り場』(創元社)、『花街』(朝日選書)、『敗戦と赤線』(光文社新書)というラインナップを見ると、自ずとその志向もわかるだろう。
序章「路地と横丁の都市空間」は、西成区の津守下水処理場旧第一ポンプ室(2005年まで稼働)3階にある住居スペースの記述から始まる。職員住宅14戸が並ぶ空間は、「再現された路地」だと加藤さんは書いている。
この論を補強する材料として、二人の小説家、宇野浩二の『大阪』と織田作之助の『わが町』を援用する。路地と長屋が一体となった空間は、大阪の南部を象徴するものである。
いきなりディープなところから始まった本書だが、第1章ではお約束のキタとミナミをめぐる論考、第2章「ラビリンスの地下街」で梅田の地下街、第3章「商都のトポロジー」で船場などを取り上げる構成となっている。
ここまでは類書でもよくある論点だ。本書の真骨頂はここからだ。第4章「葦の地方へ」は詩人・小野十三郎が「葦の地方」と呼んだ、大阪臨海部へと足を踏み入れる。かつての重工業地帯の一角はユニバーサル・スタジオ・ジャパンというテーマパークへ変貌していた。
「都市の記憶」が書かれているため、本書にはしばしば文学作品が登場する。ここでは社会学者・岸政彦の小説『ビニール傘』から、引用している。
「此花、西九条、野田あたりは、昔はだれも住んでなくて、ちょっと雨がふるとすぐに水浸しになるような湿地帯だった。いまではそのあたりは、たくさんのワンルームマンションが並んでいて、地方出身の貧しい若者たちが大勢住んでいる」
そして小野の詩集『大阪』について小野自身が書いたエッセイ「『大阪』を回顧する『葦の地方』よ、さらば」に触れ、「彼による大阪の空間化は、むしろ同心円状の構造としてとらえる方が適切であるように思われる」として、近代大阪の空間構造を5つにわける。
1 旧城下町に由来する都心部 2 明治期以降、旧市街地の縁辺に形成された釜ヶ崎に代表される都心周辺部 3 都心とその周辺の外側にある労働者の長屋地帯。住・商・工の混合地帯 4 「葦の地方」(=重工業地帯) 5 私鉄沿線の郊外
これは、アメリカのシカゴ学派が提唱した「同心円モデル」を応用したものだが、大阪市立大学人文地理学教室の学統が随所に垣間見える。
著者の関心領域でもある色街についても、今里新地、飛田新地、歓楽街の新天地などを歴史的に分析している。そして、「近世大坂の南端に位置した遊郭-墓地-木賃宿という空間的三つ組みが、タイムラグをはらみながらも、そろって近代大阪の南郊に移動し、機能的にはそっくりそのまま再現されたのである」と結論づける。
一見華やかに見える大阪のあちらこちらに古層が堆積していることがわかる。コンパクトな新書判なので、大阪探索のガイドとしても使えるだろう。
大阪関連の本として、本欄では井上章一さんの『大阪的』(幻冬舎新書)などを紹介している。
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