酒井政人さんの名前は、ヤフーでしばしば見かける。マラソンや駅伝についての記事ではおなじみの人だ。本書『ナイキシューズ革命――"厚底"が世界にかけた魔法』(ポプラ社)はその酒井さんが、最近話題の厚底シューズがらみの話をまとめたもの。今や本格的な長距離レースの選手やコーチ、監督だけでなく、多数の市民ランナーにとっても最大の関心事だけに、タイムリーな一冊。引き合いが多そうだ。
酒井さんは、選手からライターに転じたスポーツジャーナリストとして、陸上ファンの間ではおなじみだ。東京農大時代は箱根駅伝にも出た。陸上競技の歴史をたどれば、オリンピックで金メダルを取った織田幹雄さんは朝日新聞に入って運動部長になったし、南部忠平さんは毎日新聞で運動部長。陸上競技の名選手がスポーツジャーナリストの頂点を極めた例は少なくないが、最近では珍しい。増田明美さんが活躍しておられるが、技術面の解説よりも選手のエピソード紹介が中心だ。
その点、酒井さんはかなり細かな分析で定評がある。本書のテーマは「ナイキの厚底シューズ」。正式名称は「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ4% フライニット」。これに関する酒井さんのニュース記事も、何度かネットで読んだ気がする。箱根駅伝とか、マラソングランドチャンピオンシップ(Marathon Grand Championship、略称:MGC)に残っている選手の何人が「ナイキ厚底か」というような記事だったと思う。
本書も、「東京マラソンはナイキを履いた大学生・堀尾が日本人トップ」「箱根駅伝ランナーの"シューズシェア率"でナイキがトップに」「(福岡国際マラソン優勝の)服部勇馬が終盤で加速できた理由」「大迫が履くランニングシューズの秘密」などは、いずれも「ナイキ」に照準を合わせたものだ。各選手に取材するたびに、シューズのことを聞いている。問題意識が継続していると言える。
ナイキの厚底が脚光を浴びるのはこの2年ほどのことだ。2017年4月のボストンマラソンでナイキ厚底が1位から3位を独占。同年12月の福岡国際マラソンでは4位までを占めた。18年2月の東京マラソンで日本記録を更新した設楽悠太選手もこのシューズだった。
きわめつけは2018年のベルリンマラソン。元世界記録保持者のキプサングがアディダス、当代最強のキプチョゲがナイキでの対決となった。世界記録で優勝したのはキプチョゲ。マラソンをシューズで見ると、「ナイキがアディダスから世界記録を取り戻した瞬間」となった。
有名選手が履いて好記録を出したとなると、多くの人が「我も我も」と群がる。売り出されると、すぐに売り切れ。著者の酒井さんもネットでトライしたが、ワンサイズ大きめにするか一瞬悩んだことで遅れを取り「順番待ち」に。結局は「売り切れ」だった。
本書にはナイキに取材した話も出て来る。製造については徹底した「秘密管理」が行われているらしい。新素材でカーボンを包むという構造が適法かどうかについても言及されている。とにかくナイキ厚底シューズについての話が際限なく続くので、関係者にとっては読みごたえがある。
このシューズの特徴は、平坦なコースを走っているのに、まるでゆるい坂道を下っているような感覚になるということだという。しかも疲れにくい。往年の名選手からすれば、「記録をいっしょにしないでくれ」と、文句を言いたくなるかもしれない。
どこまでが自力で、どこからがシューズ効果なのか。陸上ファンでもある評者は、最近の日本女子長距離界で、とてつもないラストスパートを見せる選手が何人も出ていることに関心がある。資生堂の木村友香、日本郵政の鍋島莉奈、大東文化大の吉村玲美選手などだ。トラックだからスパイクを履いていてナイキとは無関係なのか・・・酒井さんにはこのあたりの解説も期待したい。
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