読むべき本、見逃していない?

マスコミ人なら「キャッスル事件」を知らないと・・・

流言のメディア史

 ネット時代になり、「フェイクニュース」や「ポスト真実」が注目されている。新聞などの伝統的メディアは、ネットでデタラメな情報が流布することに注意を促すことが多い。ところが本書『流言のメディア史』 (岩波新書)によれば、以前は新聞もひどかった。近年、お利口さんになっただけだというのだ。新しいメディアはたいがい、ある種のいかがわしさとともに成長してきたことが再確認できる。

「架空の目撃記」

 著者の佐藤卓己さんは京都大学大学院教育学研究科教授。メディア研究の第一人者として知られる。『「図書」のメディア史 「教養主義」の広報戦略』(岩波書店、2015年)、『青年の主張 まなざしのメディア史』(河出書房新社、2017年)、『ファシスト的公共性 総力戦体制のメディア学』(岩波書店、2018年)など多数の著書がある。

 本書は「1940年の『フェイクニュース』批判」から始まる。第二次世界大戦のさなかに、日本の新聞は正しい情報を伝えていたのか。大本営発表をうのみにしていただけではない。ヨーロッパ戦線の戦況記事でも、英独双方からの「捏造ニュース」が紙面に掲載されていたという。そのことを、すでに当時の朝日新聞はコラムで戒めているそうだ。たとえば、ドイツ占領下のノルウェーの軍港をイギリスが奪回したという「架空の目撃記」が特電として掲載されてしまった。これはノルウェーの通信社の重役がホテルででっち上げた記事だったという。それがラジオで全世界に広まった。

 佐藤さんは最近のアメリカ大統領選に絡むフェイクニュースを連想している。マケドニアの一青年が偽ニュースサイトを立ち上げ、そこで流した「ローマ法王がトランプを支持」などのデタラメが世界に広まった。

 もちろん前者にはイギリス情報省の影を、後者にはロシアの情報機関が見え隠れすることも注記している。

「先方の思うつぼにはまった」

 本書は「流言蜚語、風評、誤報、陰謀論、情報宣伝.......現代史に登場した数々のメディア流言の『真実』を見極め、それぞれの影響を再検証する」というのが狙いだ。著者の博識と幅の広さもあって非常にたくさんの事例が登場する。オーソン・ウェルズの『宇宙戦争』のパニックや、関東大震災の朝鮮人虐殺、ビキニ水爆実験の「原子マグロ」騒動などなど。

 そのなかで初耳だったのが、「キャッスル事件」だ。1930年のロンドン軍縮会議にまつわる政治スキャンダル。歴史事典にも載らず、いまでは知る人が少ないが、要するにこういう話だ。

 軍縮会議の報道で、朝日新聞、東京日日新聞、時事新報などは当初、日本海軍が強く主張する「対英米七割」を支持していた。ところが日本政府の妥協案受け入れと同時に論調を変えた。その背景に、駐日アメリカ大使ウィリアム・R・キャッスルの新聞買収工作があったとするデマ報道のことだ。

 新聞社側がデマ報道を流した右翼系人物らを訴え、最終的には勝訴したのだが、世間的には、本当は何かあったのではないかという風説が残ったというのだ。デマを流した側が、意図したとおりの成果を得るということになってしまった。公判では、相手側の証人が「金銭の授受の光景は見ないが、そういううわさは聞いた」と口をそろえる。朝日の緒方竹虎は戦後、「先方の思うつぼにはまった」と書き残しているそうだ。

 緒方や時事新報の伊藤正徳は戦後も社会的に重要なポストにいた。著者は「今後書かれる新聞史は、二人の新聞人が味わったメディア流言でのトラウマ(心的外傷)を書き落としてはいけない」と強調している。

 本書は全体としてメディア関係者向き。マスコミ各社の中堅以上のポストにいる人にとっては必読だろう。

 関連して本欄では『図説 日本のメディア [新版]』(NHK出版)、『わかりやすさの罠』(集英社新書)、『安倍政治 100のファクトチェック』(集英社新書)、『フェイクニュース』(角川新書)、『大本営発表――改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』(幻冬舎新書)なども紹介している。

  • 書名 流言のメディア史
  • 監修・編集・著者名佐藤卓己 著
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日2019年3月21日
  • 定価本体900円+税
  • 判型・ページ数新書判・296ページ
  • ISBN9784004317647

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