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池上彰さんはなぜ安倍首相に「逃げられた」のか

わかりやすさの罠

 夏の国政選挙が近づいてきた。開票後の選挙特番で最近人気なのがテレビ東京だ。キャスターをつとめるのはジャーナリストの池上彰さん。わかりやすさで圧倒的に支持されている。しかも、ここぞというところでは、視聴者の疑問を代弁して鋭く切り込む。

あえて天に唾を吐く

 本書『わかりやすさの罠』(集英社新書)は、その池上さんが、あえて「わかりやすさ」の落とし穴について書いたものだ。帯には「騙されてはいけない!」という大きな注意書き。日本で最も「わかりやすい」解説で知られる著者が、あえて天に唾を吐くかのように、「わかりやすさ」について警鐘を鳴らす。

 序章は「『わかりやすさ』への疑問」から始まる。池上さんは、NHK記者時代に「週刊こどもニュース」で注目され、中途退社後は民放テレビ各局のニュース解説で引っ張りだこ。ややこしい問題もきちんと整理し、パネルなどを使って短時間で理解できるように噛んで含める。池上さんの解説ならスッと頭に入ると、視聴者に好感されてきた。そんな「ミスター・わかりやすさ」ともいえる池上さんがなぜ「わかりやすさ」にクエスチョンを掲げるのか。

 根っこにあるのは、最近の「わかりやすさの氾濫」への危機感だ。海の向こうではアメリカのトランプ大統領が、自信満々の口ぶりで「フェイク」を拡散する。日本では国会で虚偽の答弁が繰り返される。ネットはさらにひどくて思わせぶりな情報があふれている。テレビではいつの間にか、バラエティ番組でニュース解説が行われる。それどころか、タレントが報道番組のキャスターにもなっている。

「そのニュース、本当にわかっていますか?」

 政治家は「ワンフレーズ」を多用し、視聴者や国民は「わかりやすさ」を歓迎する。そんな持ちつ持たれつの関係の中で、「権力の暴走」が進む。本書はテレビ人間として、そうした状況にも関わってきた池上さんが、ジャーナリストとしての立場から、あえて、「そのニュース、本当にわかっていますか?」と問いかけるものだ。

 たとえば、「働き方改革関連法案」。政府は長時間労働の是正を目指すものと説明していた。「そうか、長時間労働が減るんだ」と思う。ところが上限が「1か月100時間未満、複数月の平均で80時間」ということを知れば、「えっ、それって過労死ラインでは」と疑問が出てくる。「一定の専門職は労働時間ではなく成果で評価」と聞くと、「日本もやっと欧米並みか」と思うが、残業代や休日手当も支給されないと知れば、「ちょっと待てよ」となる。しかも厚労省の不適切なデータ処理が明らかになった。そのあたりの「わかりやすくない」話は本欄でも、『「働き方改革」の嘘――誰が得をして、誰が苦しむのか』 (集英社新書)を取り上げ、詳しく紹介した。

 あるいは中東のイスラム教の問題。スンニ派とシーア派の対立ということで簡単に説明されることが多い。間違いではないが、それほど単純でもない。両者が「平和に共存している地域も、いくらでもある、ということは、あまり知られていないのでは」と池上さん。

「訂正記事が多い新聞は信頼できる」

 本書では最近のテレビ報道について、じっくり書き込まれている。ニュースを報道番組ではなく、情報番組やバラエティ番組で取り上げるようになった。その理由は視聴率が稼げるから。「なぜテレビは同じ話題ばかりをとりあげるのか」「タレントが『キャスター』を名乗ることの違和感」「芸人の役割はニュースを伝えることではない」「棒読みニュースは正確性の証」「テレビに出る『専門家』はどう選ばれるか」など、テレビの裏側についても詳しい。自分の意見を述べているように見せて、実は「カンペ(カンニングペーパー)」を読んでいるだけのキャスターやタレントも少なくないそうだ。

 池上さんはネットにも厳しい。「読まずに『見る』のがネットのニュース」「『ニュースはネットで十分』に異議あり」「情報と『報道』は別物」と釘を刺す。自身はツイッターもLINEもしていない。

 それに対し、信頼を置くのは旧来の活字メディアだ。「訂正記事が多い新聞は信頼できる」と反語的に語り、「何度でも強調したい新聞の重要性」と力を込める。

 書籍はことのほか重視する。東京-大阪の新幹線では常に3冊は用意するという。アマゾンのランキングではなく、実際に書店に行くことをすすめる。

 池上さんが一番大事にしているのは「考える時間」だ。自分の頭で考え、判断する。これは『君たちはどう生きるか』 (岩波文庫)や、近刊の『「考える力」を伸ばす』 (集英社新書)など、多くの本が指摘していることでもある。スマホは「考える時間を奪う」と最小限のかかわりに留める。

「日本テレビとフジテレビが安倍首相のお気に入り」

 テレビ番組で池上さんに人気があるのは「わかりやすさ」だけではない。冒頭にも書いたように、視聴者の思いを代弁する形で、政治家などに本音の質問をするからだ。しかし、安倍首相には「逃げられた」という。その理由を本書で書いている。

 
「ちなみに、普段、安倍首相は政権を支持するメディアにしか出演しない、ということを知っていますか」

 ラジオであれば、フジサンケイグループのニッポン放送によく出る。テレビでは日本テレビとフジテレビが安倍首相のお気に入りのメディアだという。そうした首相のえり好みについてこう書いている。

 
「『そうですね』『なるほど』と持ち上げるようなメディアでしか首相の発言を聞けないとなれば、国民は首相が言っていることに対して批判的な目を持つことが難しくなります」
「本来、首相の立場にある以上、自分に甘いメディアにしか出ないという姿勢は許されないはずです。それが許されている今の状況は、問題があると思います」

 かつて池上さんの番組で安倍首相に出演要請をしたことがあるが、断られたという。同じタイミングで首相が「笑っていいとも!」に出ていることを知った時は「ああ、なるほど・・・」と納得した。「私の番組に出ると、どんな厳しい質問をされるか分からないので、逃げたということでしょう」。

 首相には職責上、批判にも耳を傾ける余裕が欲しいところだが、ニュートラルに見える池上さんですら遠ざける。残念だが、それが現実らしい。

 本欄では関連で、『フェイクニュース』 (角川新書)、『安倍政治 100のファクトチェック』(集英社新書)、『新聞記者』 (角川新書)、『権力と新聞の大問題』 (集英社新書)、『恐怖の男――トランプ政権の真実』(日本経済新聞出版社)などを紹介している。

  • 書名 わかりやすさの罠
  • サブタイトル池上流「知る力」の鍛え方
  • 監修・編集・著者名池上彰 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2019年2月15日
  • 定価本体800円+税
  • 判型・ページ数新書判・208ページ
  • ISBN9784087210668
 

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