今年いちばん有名になった新聞記者は、まちがいなく東京新聞社会部の望月衣塑子さんだ。官房長官会見などで矢継ぎ早にストレートな質問を繰り返して注目され、テレビや週刊誌に登場する機会も増えた。
はたして、マスコミ界のジャンヌ・ダルクなのか、それとも、場をわきまえない「嫌な女」か――。その望月さんがなぜ記者になったか、なぜ会見で積極的に質問を続けるか、などを綴ったのが本書『新聞記者』(角川新書)だ。
「森友」「加計」の記者会見で政権首脳に食い下がり、追及の手を緩めない。その姿からは、筋金入りの「主義者」「闘士」のようなイメージが思い浮かぶ。ところが、本書を読むと、その思い込みがやや裏切られる。
大学時代のゼミは、「核抑止論ありき」。ある程度の武力や軍事力があることで国家間の均衡が保たれる、という考え方を基本としていた。防衛庁の軍事訓練に参加するセミ生もいた。すでにフェミニズムに関心があったというのに、そうしたゼミに属したというのは、当時さほど明確な「主義」を持っていなかったということだろう。
記者になり、千葉支局に配属されてからは、もっぱら事件記者。警察関係者への夜討ち朝駆け取材に明け暮れ、何度か特ダネをものにする。県警幹部が午前5時の早朝マラソンを日課としていることを知って毎朝伴走して食い込んだというから、根性と粘っこさはハンパではない。このくだりを読むだけで、同業の新聞記者の大半は「参った」と思うのではないか。
「事件が好きで、事件に強い記者」として知られるようになり、読売新聞から「ウチに来ないか」と誘いをうけた。「全国紙で書きたい」と言う思いが強く、「畏敬の念」を抱いていた読売からの誘いだっただけに、大いに心を動かされたが、ちょうど東京新聞の支局から社会部への異動と重なり、立ち消えになった。
大学2年のころ、TOEFLが550点以上取らないといけないのに450点だった、入社試験では朝日、読売、日経にいずれも一次試験で落ちた・・・名門の東京学芸大附属高から推薦で慶応大学法学部に入り、のちに留学もしたという立派な学歴からは、ちょっと隠しておきたいような「黒歴史」もポンポン公開している。そんな率直さ、天衣無縫ぶりが、望月さんの持ち味ともいえる。記者会見での「直球質問」の根っこは、むしろこのあたりにあるのではないかと思わせる。
本書では多岐にわたる話が出てくるが、読者が「へえー」と思うのは、首相会見の実態だ。司会から指名されるのは、「NHK、日本テレビ、TBS、フジテレビ、読売新聞、産経新聞といった限られた媒体の記者だけと聞いた」「なかには手を挙げていないのに指名されるNHK記者もいるという」「しかも、事前に質問が提出されているケースが多く、それに合わせて事務方が作成した回答を安倍首相が自分の言葉のように読み上げる」。もちろん、望月さんは手を挙げても指名されない。こんな予定調和会見に何の意味があるのかと疑問を記す。
菅官房長官の会見は、もっとフランクで挙手すると指名される。ただ最近は広報官が、「あと1人」とか「あと1問でお願いします」と区切るようになった。なお手を上げると、内閣記者会の幹事社に「以上で終わります」と勝手に会見を打ち切られてしまったという。マスコミが質問を封じる役になるとは、と記者クラブの「忖度」ぶりにおかんむりだ。
記者としてかなり珍しい経験もしている。東京地検を担当したときは、政治家への不正献金に関する極秘資料を入手し、日本歯科医師連盟事件でスクープを連発した。ところが、関係者から名誉棄損で編集局長が訴えられたことで、望月さんも検事から「事情聴取」を受ける羽目に。
午前中は世間話でソフトムードだった取調室は、午後になると雰囲気が一変した。「君はひとつ、大きな嘘をついている」「そんなことで、両親に顔を合わせられるのか!」。検事の表情には鬼気迫るものがあった。二日間、こってり絞られたが、黙秘を貫き、取材源は秘匿した。
東京地検担当としての活躍ぶりが各社に注目され、日本テレビ、朝日新聞、TBS、そして再び読売新聞からも「移籍」の誘いがあった。大いに心が揺れたが、結局、東京新聞にとどまることにした。
その後は、武器輸出問題の調査報道で成果を上げ、16年には『武器輸出と日本企業』(角川新書〉を出版している。
会見で厳しく質問する様子が取り上げられたことで、雑誌などでインタビュ-を受けることも増えた。気がつけばツイッターのフォロワーは4万5千人を超え、フェイスブックの友達は上限の5千人に達した。励ましの電話が来る一方で、バッシングや不審な電話、間接的な圧力もあるという。
望月さんのスタンスは単純だ。おかしいと思えば、納得できるまで何があろうと食い下がる。記者として、新人時代から叩き込まれていることをしているだけ。「正義のヒーローのように言われることも、反権力記者のレッテルを張られるにも、実際の自分とは距離があると感じている」。個人としては「感情移入しやすい、声の大きいおっちょこちょい」と自己分析している。
何かとお騒がせだが、ネアカな元気印、どこか憎めないキャラ。NHKの「朝ドラ」主人公にもなりそうなタイプかもしれない。実際、少女時代は女優を目指していた。演劇好きだった母親の影響で、児童劇団に属し、中学生のころは芸能事務所にも入っていたという。
二児の母。近年、マスコミでは女性記者、ママさん記者が増えているが、好き嫌いは別としてその先頭を走っている新世代の一人であることは間違いない。来日したトランプ大統領が、安倍首相に「武器購入」を強く要請したので、武器ビジネスに詳しい望月さんは、腕をさすっていることだろう。
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