幅広いジャンルの作品で知られる宮部みゆきさんのデビュー30周年を飾る意欲作。上下巻計約800ページに及ぶ長編時代小説で、江戸時代の設定のなかでサイコミステリーに初めて取り組んだ。
宮部さんの代表作の一つ「模倣犯」(2001年)は「現代ミステリーの金字塔」とされ、結末に虚をつかれた読者も多かった。本書のラストについて宮部さんは「カタストロフ(悲劇的)ではありません」と述べ、節目の年に"新境地"を開いたことを明かしている。
物語が始まるのは宝永7年(1710年)。この前年、幕府では徳川家宣が綱吉の後継として6代将軍に就いている。舞台は北関東の下野北見藩。2万石の小藩ながら北見家は徳川譜代で江戸に近いこの地を治めている。6代藩主の重興はこの年の5月、重篤な病を理由に隠居することになり、従弟の尚正が新藩主となった。
実は重興の引退は、重臣らが企てた「押込(おしこめ)」とよばれる、いわばクーデターによるもので、重興は、領内の神鏡湖畔にある藩主の別荘、五香苑に監禁された。重興が患っているのは心の病とされ、その真相を明らかにしようとするさまざまな働きが物語を動かしていく。
座敷牢内で暮らす重興は、その声の様子があるときは男児のものになったり、またある時には女のものになったりするなどの奇態を見せる。その側には元江戸家老や医師らが仕え、彼らが中心となって重興を救うため病気の謎の解明に取り組んでいく。重興の奇態は、米作家ロバート・ブロックのミステリー作品で、アルフレッド・ヒチコック監督による映画化で知られる「サイコ」のモーテル経営者ノーマン・ベイツを思わせる。
領内にはかつて、死者の魂を呼び出す術を操る一族がいて、藩のお墨付きを得て暮らしていたのだが、その術により、何かの秘密を知ってしまったために根絶やしにされたらしいことがわかり、重興の異変はそうした仕業への祟りである可能性が示される。一方で、時代に即した、医師による現実的な見方もカウンター提示され、読者を幻惑しながら引き込んでいく展開が続く。
宮部さんはこの作品について「小説新潮」(2017年6月号)に掲載されたインタビューで、ラストが、カタストロフではなくハッピーエンディングであることを編集者らに告げたときのことを語り、それを聞いた「全員が『ええーっ』とのけぞった」と明かしている。
上下巻の長丁場、ドキドキはらはらしながら読み進み、本書では、これまでにない手法で、意表を突くラストが待っている。たしかに、「宮部ワールド」の新境地と納得させられる。
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