トランプ大統領というのは意外におもしろい人物だ。2018年6月、シンガポールでの米朝会談の後の記者会見中継を見て、そう感じた。記者の質問にポンポン答える。帰国便を遅らせてもいいから、もっと聞いてくれ、というようなことも言っていたと思う。
ひるがえって、日本の首相会見はどうだろうか。このトランプ会見中継の途中で、安倍首相の立ち話会見があったが、型通りの質問と答えでつまらなかった。安倍さんはいいから、トランプ会見を続けてくれ、と思った視聴者も少なくなかったのではないか。
もちろん「トランプ」という人の個性もあるだろう。しかし、大統領にストレートな質問をぶつけるアメリカのメディアと、当意即妙に答えるアメリカの大統領。これまで海外ニュースの中で、短時間のエッセンスしか見たことがなかった日本の視聴者も、長時間の実況を通じて、大統領会見とはこんなにもエキサイティングなのかと認識を新たにしたはずだ。
本書『権力と新聞の大問題』(集英社)は、日米の記者が、両国の権力と報道の抱える問題について議論したものだ。日本側は東京新聞社会部の望月衣塑子記者、米国側はニューヨーク・タイムズのマーティン・ファクラー前東京支局長。
望月記者は1975年生まれ。官房長官の記者会見に政治記者でもないのに出席して、政治記者ができないような質問をポンポンぶつけて有名になった。一部ではしつこいと批判もされた。著書に『新聞記者』(角川新書)、共著に『追及力』(光文社新書)などがある。「武器輸出及び大学における軍事研究に関する一連の報道」が「第23回平和・協同ジャーナリスト基金賞」の奨励賞にも選ばれている。ファクラー前東京支局長は1966年生まれ。著書に『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』(双葉社)、『権力者とメディアが対立する新時代』(詩想社新書)などがあり、日米のメディア事情に詳しい。
本書はこの二人が、日ごろの思いをぶつけあっている。望月記者は、日本では最近、大手メディアの中で政権をチェックしようという意識が弱体化、むしろ政権に寄り添うような報道を続けるメディアや記者も出てきていることに危機感を募らせる。これに対し、ファクラー記者は、政権がメディアに対し情報操作しようとするのはよくあることであり、トランプ政権だけでなくオバマ政権もやっていたとしつつ、「そうした圧力に屈しないで報道するのがジャーナリズムであるという基本姿勢」が欧米のメディアにはあることを強調する。日本の場合、そこが弱い、権力にあまりさからわない姿勢がみられると。
たしかに冒頭のトランプ会見でも、記者は「金正恩を認めたことで、北朝鮮の収容所に収監されている10万人の人々を裏切ったことになりませんか」などと手厳しく突っ込む。
もちろん、アメリカにも立派な記者ばかりがいるわけではない。ファクラー記者は最近の例として、同じニューヨーク・タイムズのジュディス・ミラーという女性記者の名を挙げる。「イラクに大量破壊兵器がある」と報じた記者だ。彼女はこの件について何度も特ダネを書いたが、結果的に大量破壊兵器はなかったということが明白になる。政権に食い込んでいたことが災いし、逆に政権に利用された形だ。彼女は職を失い、彼女に追随した多数のジャーナリストも反省を迫られた。今のアメリカのマスメディアには、この「イラク大量破壊兵器報道」への苦い教訓があるという。
彼女の陥った落とし穴は「アクセス・ジャーナリズム」といわれる。権力にアクセスする、つまり権力に食い込むことにばかり熱心になった結果、記者が権力に取り込まれてしまうことを指す。
ファクラー記者によれば、ニューヨーク・タイムズでは「イラク大量破壊兵器」の誤報で特に「アクセス・ジャーナリズム」への警戒感が強まった。「アクセス」に偏り過ぎてはいけない、もう一方の「アカウンタビリティ・ジャーナリズム」、すなわち調査報道が大事だという自覚が高まった。アメリカのジャーナリズムには何度も過ちがあって、それを教訓として、また次に進むということを繰り返してきたと説明する。
トランプ政権の執拗なメディア批判でも分かるように、米国での権力とメディアの関係は一段と緊張感を高めている。記者会見のやりとりも丁々発止。加えてアメリカではビッグデータによる個人監視が進んでいる。本欄で紹介した『デジタル・ポピュリズム』(集英社新書)で詳述されていた。ファクラー記者によれば、権力側の監視の眼をかわすため、記者たちは最近、一般的な通信手段ではないものを使い、情報漏えいを防ぐ手立てをしているという。外部からは解析が不可能な暗号によるSNSだ。
対談による新書は、通常は中身が薄いことが多いが、本書では日米の権力メディアについて、かなり具体的なことが述べられ、現状を手っ取り早くレビューするのに役立つ。現役の記者だけでなく、これからジャ-ナリズムを目指そうとするような学生らにも参考になることが多いのではないか。
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