鉄道の国際機関によると、世界の鉄道利用客の約3分の1を日本が占めるという。ギネスブック(2015年版)によると、世界で利用者数が多い上位51駅のうち45駅が日本にある。こうした数字を知らなくても、世界的に知られる高速鉄道「新幹線」が身近にあることなどから、わたしたちが「日本の鉄道技術は世界一」と考えるようになるのは自然なことだろう。安倍政権では成長戦略の一つとして、鉄道のインフラ輸出が掲げられている。
本書『日本の鉄道は世界で戦えるか』(草思社)は、国内ではだれもが「世界一」と信じて疑わない日本の鉄道が、世界的にみるとどうなのかを検証したもの。著者は、鉄道や自動車などについて高度化した技術を一般向けに翻訳・紹介している交通技術ライター。「日本の鉄道技術は世界一」などの評価は明確な根拠がないとして、輸出で確固たる市場を獲得するには障害が多いこともあり、国内でのあり方を含め、鉄道の将来をあらためて議論すべきと提案している。
日本国内では道路整備より鉄道網整備が重視された歴史があり「鉄道ができると暮らしが豊かになる」という、方程式のような考えが生まれた。明治時代にはいってすぐに鉄道の時代を迎え、それ以来、昭和に入って戦後しばらくまでも地方のすみずみに至るように鉄道の整備に力が注がれた。鉄道の発展と高度経済成長がリンクして「鉄道=豊かな暮らし」という考えが生まれたものだ。
暮らしが豊かさをもたらしてくれる鉄道に期待が高まる。それに応えて技術開発が進み、世界初の高速鉄道「新幹線」が誕生。その後も着々と実績を積みかさね「世界一」の自信を築く。
それらのことは、高度成長期には真実だったが、著者は、日本を鉄道大国に仕上げる原動力にもなった「暮らしが豊かになる」「技術は世界一」という考えはもはや通用しなくなっていると述べる。2012年から17年の間にあった路線の新規・延伸開業は、北陸、北海道両新幹線など3路線にとどまり、「今ではその整備や維持にかかる財源の確保や、並行在来線の扱いなど、現実的な問題が目立つようになった」と著者。新しい鉄道が沿線地域の状況を大きく変える機会が減る一方、毎年のように廃線が実施されている。
新幹線を始めとする鉄道技術が「世界的に優れている」という評価があるからと始めた海外展開だが、「必ずしもうまくいっていない」のが実情だ。「日本の鉄道技術の優位性が疑問視されるようになった」うえ「新幹線と在来線の直通運転を実現させるために開発されたフリーゲージトレインのように、期待に反して実現が危ぶまれている技術も存在する」と著者は指摘している。
本書では、前半(1~5章)で、日本の鉄道の特殊性をその成り立ちから探る。歴史や、技術面から、英国や米国、ドイツ、フランスの鉄道と比較することで特殊性を相対化している。
日本の新幹線はしばしば、欧州の高速鉄道と「スピード」で比較されることがあるけれども、運行管理などについて比べられることはあまりない。本書によると、東海道新幹線では1時間に10本を超える場合もあるほど、過密ともいえるダイヤが組まれているが、各国ではせいぜい1時間に1、2本程度。日本ほど高速鉄道の需要が高い国は見当たらない。輸出の面では、こうした特殊性もマイナス材料になりかねない。高密度なダイヤを管理する技術を売り込もうにもその需要がないのだ。
そして、後半(6~8章)で、ときには、鉄道に「乗る」だけ、あるいは鉄道を「撮る」だけなどのファンも現れるほど鉄道好きな日本人の鉄道愛をさぐる。海外各国にも鉄道ファンがいないことはないが、駅で列車の写真を盛んに撮ったり、車両のサヨナライベントなどは日本独特という。そうした環境のなかで進化した日本の鉄道は「特殊すぎて、世界で役立つ場所が見つけられない」という現実が本書では徐々に明らかにされる。国内でそうした特殊性は気づかれることはなく、鉄道にいまだ過大な期待が抱かれており、それが鉄道の進むべき道を誤らせているのではないかというのが著者の指摘だ。
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