ネット社会になって、いろいろと便利になる一方で、リスクも増えている。本書『デジタル・ポピュリズム』(集英社新書)は世界規模で経済と政治に何が起きているか、それは消費者と有権者にどのような影響を与えているかについて概況を示した好著だ。
巨大IT産業による情報の寡占化で、人類がこれまで経験したことがない、未曽有の社会が出現している。一口で言えば「ソフトな監視社会」。気が付かないうちに個人情報が筒抜けになってしまう。もはやだれも制御できないという怖さを本書は十二分に教えてくれる。マスコミ関係者にとっては必読の一冊だろう。
失礼ながら、著者のジャーナリスト、福田直子さんの名前を初めて知った。すごい人だと思った。上智大学卒業後、ドイツのエアランゲン大学にて政治学・社会学を学び、帰国後、新聞社、出版社にて勤務。著書に『大真面目に休む国ドイツ』『ドイツの犬はなぜ吠えない?』 (平凡社新書)、『休むために働くドイツ人、働くために休む日本人』(PHP研究所)などがあるそうだ。生年は不詳だが、とにかくドイツとアメリカに30年も住んでいるというから、海外事情の詳しさが半端ではない。巻末の参考文献も大半が横文字だ。
著者はまずビッグデータの話から始める。ネットやカードの利用が進んで個人の行動情報が集積されているということは誰でも知っている。私たちにはよくわからないところで、巨大IT産業が個人情報を勝手に集めているらしいということは、たいがいの人が漠然と認識しているだろう。
ビッグデータというのは、大まかな傾向ではなく、実際には個人情報の集積だ。アメリカではそれを握るデータブローカーという産業が盛んになり、アクシオム社、データロジックス社など聞いたこともなかったような会社が急成長しているそうだ。大手のアクシオム社はすでに世界人口の10%のデータ、年間500兆件の消費活動データを保有しているというから驚く。
こうした情報は当然ながら顧客リスト化され売買されている。消費者はもちろん、自分のどんな情報がどう売られ、転用されているか知らない。
ニューヨークのテクノロジーライターが、13社のデータブローカーや、グーグル、フェイスブック、ツイッター、政府機関に自分の情報がどのくらい集められているか問い合わせてみた。あるデータブローカーは34ページにわたる「サマリー」と8ページの「包括」レポートを送ってきた。そこには車のナンバー、住宅ローン、雇用先に関する詳細な情報が記載されていた。ソーシャルメディア企業からは、家族や親族の名前、過去7年間にやりとりした約3000人の電子メールアドレス、毎月2万6000件に及ぶネットの検索記録(テーマごとに分類)、買い物習慣、取材計画や出張の記録など。すべて把握されていたことがわかった。
ウィーンの大学の法学部の学生は、フェイスブックに自分のデータを請求してみた。送られてきた1222ページにわたる膨大な個人データには、消去した書き込みや写真、拒否した友達名などもすべて残っていた。自分が誰とどういう関係にあるか、それが丸見えになっていた。
ニューヨークではスマホでタクシーを呼べるシステムが人気だが、利用客は知らないうちに「格付け」されている。文句が多い客は、ランクが低くなり、次回以降の利用に影響するはずだ。
かつて東ドイツなどの秘密警察は、徹底的に国民を監視したことで有名だが、今や見えないITのコロモをまとった「ソフトな監視社会」になっており、それを牛耳ることができる人たちが新たな「支配者」となっているのだ。
著者はプライバシー保護を重視している検索エンジン、「ダックダックゴー」を利用した結果も報告している。どうしてもグーグルのほうが知りたい情報を順序良く出してくれるそうだ。便利さを優先すれば、プライバシーを引き換えにせざるをえないというのが現実だと知る。
さらに興味深いのは、最近話題の「IoT」だ。身の周りのあらゆるモノがインターネットにつながる仕組みとしてもてはやされている。身近なモノにセンサーと通信機能を持たすことで、例えば、ドアが「今、開いているよ」と教えてくれる。なんとなく便利なように思えるが、これは両刃の剣。持ち主の指示や質問の声を聴くため機器は常にネットにつながっている。置かれた場所で周囲の音声を記録し、蓄積していくのだ。何時に起きて、誰と話し、何時に外出したか。利用者の生活習慣がさらに詳細に記録されることにつながる。
IoTによる私生活情報の漏えいの危険性はすでに指摘されているが、2015年にアメリカで起きた殺人事件では、現場にあったアマゾンのスマートスピーカーが「証人喚問」された。常にオン状態で待機しているため、事件当時、現場で何かを録音している可能性があったからだ。
最近では中国のITによる国民監視が何かと問題になるが、エドワード・スノーデンはすでにアメリカの諜報機関、国家保障安全局(NSA)が一般国民を監視していると警告していた。アメリカのネット企業の世界支配ぶりを考えれば当然かもしれない。
以上は本書の第一章「ビッグデータは監視し、予測し、差別する」に書かれていた話だが、さらに第二章以下で、「『心理分析』データを使った選挙広告キャンペーン」、「ソーシャルメディアは敵か、味方か」、「ロシアのサイバー作戦が欧米のポピュリズムを扇動する―ロシアから"ボット"をこめて」、「デジタル時代の民主主義」と続き、政治とITについて詳細に検討されている。
主要紙の予想では劣勢だったトランプがなぜ大統領選で勝利したのか、世界中で「リベラル」が負けているように見えるのはなぜか、「フェイクニュース」がなぜ信じられるのか、ネットはどこまで現実を変えているのか...。ネットに「何を表示して何を見せないか」というアルゴリズムは、開発者さえ予想できなかった形で多方面に影響を広げている。マルクスは19世紀の資本主義を妖怪に例えたが、21世紀の「デジタル資本主義」はますます制御不能となっている。
アメリカではすでにビッグデータを分析し、価値あるものにする「データサイエンティスト」という仕事が注目され、かつての「MBA」(経営学修士)を凌駕する花形職種になっているという。数学、統計学、物理学の知識も要求される。
その一方で、ジャーナリズム学科ではデータジャーナリズムのコースが設けられ、法科大学院でもビッグデータ関連の講義があるという。日本のメディアも、そういうところに記者を留学させておかないと時代についていけないだろう。とりあえずの方策として、著者の福田さんあたりに、社外編集委員や論説委員を委嘱しておくとよいかもしれない。
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