昔から幼児教育が大事だということは、さんざん語られてきた。本書『「考える力」を伸ばす』(集英社新書)もそうした幼児教育本だ。類書との違いはどこにあるのか。
それは「AI時代に活きる幼児教育」というサブタイトルにある。これからAIがさらに進化する。多くの人の仕事がAIに取って代わられる。そうした時代に対応できる子供を育てるにはどうすればいいのか。そこに力点が置かれている。
なるほど、と思ったところがある。かつてアジアの国々では近代化の度合いに差があった。だから、先行する日本は相対的に優位な立場にあった。後発の国はなかなか追いつけない。ところがIT社会になって、環境が劇的に変化しつつある。「スタートライン」が同じになるというのだ。
テレビで報じられる中国の様子などを見ていると、そのことを痛感する。すでにキャッシュレス社会になり、ドローン技術では世界を席巻する。本欄で紹介した『挑戦する公共図書館――デジタル化が加速する世界の図書館とこれからの日本』(日外アソシエーツ)によると、中国や台湾では24時間稼働していて、貸し出しもオートマチックという図書館が少なくない。日本の図書館よりも進んでいる。
社会があっというまに底上げされ、場合によっては先に進んでしまう。強権国家ほど、そうした変化が一気呵成に行われる。
J-CASTニュースで先日、「『景気回復』なのに相次ぐ悲観論 なぜマスコミは日本の将来を危ぶむのか」という記事が出ていた。30年前、世界の企業の株価時価総額トップ10の8割は日本企業が占めていたが、今や40位台にトヨタが顔を出す程度。かつては影も形もなかった中国企業がベストテンに入っている。世界の次世代を担う先端技術研究でも、約8割の分野で中国がトップだ。世界一のスマホ会社が韓国のサムスンだということもよく知られている。
本書の著者、久野泰可さんは1948年生まれ。横浜国立大学教育学科を卒業後、現代教育科学研究所に勤務し、86年、幼児教育実践研究所「こぐま会」代表に就任。長く幼児教育に携わってきた。いわば、幼児教育のエキスパートだ。独自カリキュラム「KUNOメソッド」は中国、韓国、ベトナムなどでも使われているという。
久野さんは、たいがいのことをITがこなすAI時代になると、新しい人材が求められるとみる。いわれたことをやるだけでなく、何をやるべきかを自分で見つけ、考え、付加価値を生み出していけるような能力を備えた人間だ。
言うは簡単だが、育成は難しい。それは、日本の教育が対応できていないからだ。幼児教育の分野でも、「遊び保育」や「教え込み教育」ではない、「まっとうな基礎教育」が必要だということを強調する。
将棋の藤井聡太さんは、3歳から「モンテッソーリ教育」を取り入れている幼稚園に通っていたということで注目された。この教育法を幼少時に受けた人物としては、ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグら著名人が多い。イタリアの女性教育者モンテッソーリが開発した教育法だ。久野さんも、このモンテッソーリのほか、数学者の遠山啓ら「5人の偉大な先達」から影響を受けたと書いている。
幼子を持つ、ちょっとインテリの親なら、久野さんの意見は大変気になるところではないか。自分の子どもをAI時代に対応できるようにするにはどのように育てればいいのか。どこまでが親の責任か。効果的な幼児教育を施せば、子どもは思いのほか伸びるのか。
久野さんは長年、「教え込み教育ではなく、将来自分で考え、自分で判断を下せる人間になれる基礎を育む教育」を実践してきたという。本書ではその方法論もたっぷり説明されている。
アップルのスティーブ・ジョブズの話も出て来る。彼は自社の採用試験で、応募者が「セルフ・マネジメントできる人間かどうか」を最も重視したそうだ。「セルフ・マネジメントができる人間は管理される必要がない。彼らは仕事が与えられれば、それをどうやって実現できるか自分で考えることができる人材なのだ」と言っていたという。
確かに本来は、自分で自分を管理できるように育てるべきだろう。ところが日本では近年、学校が子どもを型にはめ管理する「管理教育」が当たり前になっている。上から言われたことに疑問を挟まずやることが求められる。ちょっとでも集団のルールから外れると、お咎めを受ける。これからの日本の子育ては、学校だけに任せられないと思っている親は、本書の指摘に同意するところが多いのではないか。
本欄では関連で『10代に語る平成史』(岩波書店)、『学校は行かなくてもいい』(健康ジャーナル社)、『〈超・多国籍学校〉は今日もにぎやか!――多文化共生って何だろう』(岩波ジュニア新書)、『漂流児童』(潮出版社)、『チェンジの扉――児童労働に向き合って気づいたこと』(集英社)、『いのちの旅人』(河出書房新社)なども紹介している。
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