韓流ドラマには、やたらと記憶喪失の人物が登場する。日本ではあまりリアリティーが感じられないのか、少ないように思う。本書『逆流』(株式会社KADOKAWA)は、記憶喪失をテーマにしたサスペンスだ。
芸能事務所の社長、勅使河原竜太は数か月前から、前日の記憶がなくなる病にかかっている。そのため毎日の出来事を日記に書き、「明日の自分への手紙」としている。時に大事なことを書き漏らしてしまい、トラブルを起こすこともある。
そんな中、売り出し中の新人タレント、弓月苺が誘拐された。その画像が犯人によってネットにアップされたため、異例の公開捜査になった。父親は行方不明、母親は亡くなったというプロフィールの苺は、短期間に映画やテレビ出演のチャンスをつかみ、事務所の柱になると期待されていた。
小説は七夕の7月7日から58日前の5月10日、苺と面接した日まで時系列をさかのぼる形で記述される。主人公が日記を読み進めるという設定。タイトルが『逆流』であるゆえんだ。意外なことに読んでみて違和感はまったくない。勅使河原をとりまく芸能界の事情や苺の家庭環境などが少しずつ明らかになる。こんな叙述のやり方があったのか、と驚くほど著者の筆は達者だ。
自分しか知らないことを犯人は知っている。いったい誰が? サスペンスのピークで記述は7月7日に戻り、驚愕の結末が展開する。
作品中、タレントとマネジャーの関係性が何度も描かれる。売れる前の新人時代にたたき込むこと、しだいに名前が知られるようになってからすること、タレントが有名になり立場が逆転したときにどうするか。評者は芸能取材をしていたとき、数多くのタレント・俳優とそのマネジャーに接した。おしなべてていねいな物腰のマネジャーが多かったが、ただ一人眼光の鋭さにたじろがされた人物がいた。十数年後、あるスキャンダルに関連して名前を聞いたとき、ある事務所の社長になっていた。本書にもそうした凄みのある人物たちが登場する。
新人がどうやって芸能界のステップを上がってゆくのか、またスキャンダルに事務所はどう対応するのかといった芸能界の内部事情に詳しいので、著者の田中経一さんはどういう人かと気になったら、やはりテレビ業界の人だった。「カノッサの屈辱」「料理の鉄人」「ハンマープライス」など多くのテレビ番組を手がけた。2014年『麒麟の舌を持つ男』(後に『ラストレシピ 麒麟の舌の記憶』と改題され文庫化)で小説家デビュー。同作は17年に映画化された。本書もテレビや映画向きの題材。でもあまりに生々しいから敬遠されるかもしれない。
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