読むべき本、見逃していない?

丸山真男が読む――『君たちはどう生きるか』

  • 書名 君たちはどう生きるか
  • 監修・編集・著者名吉野源三郎 著
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日1982年11月16日
  • 定価本体970円+税
  • 判型・ページ数文庫・339ページ
  • ISBN9784003315811

 『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著)が売れ続けている。『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)はすでに135万部を超えたそうだ。マガジンハウス、ポプラ社、岩波文庫の「テキストのみ」の単行本や文庫も売れている。

 この中でイチオシはやはり岩波文庫版(1982年刊)だろう。累計130万部というだけではない。高名な政治学者の丸山真男さんが長文の「あとがき」を書いているからだ。なぜ丸山さんは「あとがき」を書いているのか。何を書いているのか。

追悼文がそのまま「あとがき」に

 「あとがき」は「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想」と題され、「吉野さんの霊にささげる」いう副題がついている。31ページに及ぶ。

 1981年、吉野さんが82歳で亡くなったとき、親しかった14歳年下の丸山さんは、ちょうど外国にいて葬儀に出られなかった。帰国後、岩波書店の雑誌「世界」の編集部から、追悼文を依頼された。それがそのままこの文庫の「あとがき」になったため、「霊にささげる」という副題がついている。すなわちこの「あとがき」はもともと、丸山さんによる吉野さんへの追悼文だった。

 1899年生まれの吉野さんは、東大を卒業後に軍隊も経験、さらには治安維持法での逮捕などを経て1937年、岩波書店に入社した。岩波新書や雑誌「世界」を創刊し、「世界」の初代編集長にもなって戦後民主主義をヒューマニズムの立場からリード。該博な知識と幅広い交友、温厚な人柄で「岩波文化人」を束ねた。

 一方の丸山さんは14年に生まれ、東大法学部を出て40年には26歳で助教授になった。その後、陸軍二等兵として戦争を経験し、広島勤務中には爆心地の近くで勤務していたため被爆。学究生活に戻った46年、早々と日本軍国主義の精神構造を鋭く分析した『超国家主義の論理と心理』を発表して注目された。61年の『日本の思想』はロングセラーになり、日本を代表する知識人として別格の存在だった。

今日にあっても新鮮な指摘

 二人は戦後しばしば語り合い、丸山さんの押し入れには、昭和20年代からの吉野さんからもらった手紙の束があるそうだ。しかし丸山さんは、追悼文のほとんどを『君たち・・・』を初めて読んだ時の「衝撃」に費やす。

 1937年、『君たちは・・』(新潮社)が刊行された。そのとき丸山さんは大学を卒業して助手になり、研究者としての一歩を踏み出したばかりだった。物語の中で登場する「おじさん」の年齢に近かったが、丸山さんの魂を揺るがしたのは、「コペル君」だった。

 「大学を卒業したての私に息を呑む思いをさせたのは・・・きわめて高度な問題提起が、中学一年生のコペル君にあくまで即して、コペル君の自発的な思考と個人的な経験をもとにしながら展開されてゆくその筆致の見事さでした」

 「あとがき」のいくつもの個所で、丸山さんは「目を洗われる思い」を語り、「今日にあっても新鮮な指摘が、これほど平易に、これほど説得的に行われている例を私はほかに知りません」と感嘆する。

岩波文庫版は37年当時の初版本が底本

 『君たち・・・』には、子どもの世界でのいじめなども登場する。友だちを裏切ったコペル君の、取り返しのつかない悔恨感。発熱して半月も学校を休むことになる。丸山さんは「私はあまりに私的な事柄について書くのは生来好みませんが・・・」と断りつつ、「素通りしては・・・吉野さんへの本当の感謝の表明にならない」と述べて、自分にもコペル君と類似した体験があることを赤裸々に明かす。それは、「長く尾をひいて私の心の底に沈澱」していた過去の「醜態」だ。

 このくだりでは丸山さんの「告白」が、いわばもうひとつの「君たちはどう生きるか」にもなっている。

 『君たち・・・』は戦後の1956年に新潮社から再刊されたとき、編集部の希望で元原稿が40枚分ほど削られているという。さらに67年にポプラ社から出るときに、吉野さんは新潮社版の文章と用字に手を入れた。ただし、岩波文庫版は37年当時の初版本を底本としている。

 例えば戦前版では、運動部の上級生が「愛校心のない学生は、いわば非国民の卵」とブツくだりがあったが、戦後版では「非国民」という言葉はもはや廃語に近いということで消えた。そうしたことも丸山さんは「あとがき」の追記で細かく指摘し、「読者の歴史的想像力を養うためにも残してほしかったような気がする」と残念がる。

 すでに読んだことがある人でも、改めて岩波文庫版を読むと、意外な発見があるかもしれない。お菓子の宣伝にならえば、岩波文庫版は一冊で二度おいしい。本文は「原典」に限りなく近いものだし、「おまけ」で丸山氏の心情の吐露が付いているからだ。さらに言えば、「君たち・・・」をなぜ書くことになったか、そのいきさつを吉野さん自身も書いている。4ページほどの短いものだが、時代状況に触れており、これも読んでおきたい。

(BOOKウォッチ編集部)

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