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トランプ大統領がもたらす政権の大混乱、その果てに何があるのか

恐怖の男

 恐ろしい物語である。『恐怖の男――トランプ政権の真実』(日本経済新聞出版社)。米中経済摩擦や地球温暖化防止のパリ協定離脱など世界を大混乱に陥れているドナルド・トランプ米大統領と側近たちの物語である。著者のボブ・ウッドワード氏はワシントン・ポストの若手記者時代、同僚とともにウォーターゲート事件をスクープし、当時のニクソン大統領を退陣に追い込むきっかけをつくった。本書は発売前から大きな注目を集め、アメリカだけでなく世界中でベストセラーになっている。

側近や政権高官からの機密や内密情報で構成

 書名はトランプ氏がまだ大統領候補時代の2016年3月、筆者のインタビューに答えた言葉からとられている。「真の力とは――この言葉は使いたくないんだが――恐怖だ」。

 ウッドワード氏はアメリカを代表するスター記者だ。取材相手の名前は明かさないが、取材した内容はすべて使用してよい了解を得るディープ・バックグラウンドという手法による調査報道を確立させた。この方法で筆者はトランプ氏以外のホワイトハウスの側近や政権高官から機密や内密情報を聞き出している。(トランプ氏は本書のためのインタビューを断っている)。インタビューは延べ数百時間におよび、多くは録音の許可を得たという。

 驚くのは情報提供者から得た機密文書まで添付されていることだ。そのひとつが米韓自由貿易協定の破棄を伝える2017年9月5日付けのトランプ大統領から文在寅韓国大統領にあてた親書の草稿。この文書が送付されれば米韓関係が完全に破綻すると懸念した側近が大統領の机上にあるボックスから勝手に抜き取った証拠品だ。

 その直前、トランプ氏は北朝鮮の核ミサイル発射を即時に探知するため、米国が韓国に配備するTHAAD(終末高高度空域防衛配備システム)に年間10億ドル(約1100億円)もの費用がかかることに腹を立てていた。マティス国防長官ら高官が「これは米国の安全保障のために不可欠です」と説得するのにも耳を貸さなかった。「韓国との貿易赤字が年間180億ドルに達し、在韓米軍の駐留費用が35億ドルもかかる」と頭に来ていた。

 不動産業界やテレビ番組への出演経験しかなく、軍務や公務をまったく知らないトランプ氏はきわめて単純な損得勘定だけで物事を考えようとしているようだ。経験の深い周囲の高官や側近の助言にもほとんど耳を傾けない。

「変わり身が激しく、気まぐれ」

 「ホワイトハウス内の混乱や内輪揉めは、ほとんど毎日のように報道されているが、内部の状況がじっさいにどれほどひどいかを、国民大衆は知らない。トランプは変わり身が激しく、不変・不動であることはめったになく、気まぐれだった。大小さまざまな物事に腹を立て、機嫌が悪くなる」。

 本書の内容の主なものはすでにさまざまな形でメディアに報じられている。だが、その詳細を知ると驚くことばかりだ。

 たとえば権限がはっきりしない身内の跋扈(ばっこ)。長女のイバンカ氏は大統領補佐官という肩書でホワイトハウスに執務室を持つ。「わたしはファーストドーター(大統領の娘)よ」というのが口癖だという。側近の許可も得ず、大統領執務室にずかずか入りこみ、大統領に直談判する。夫のクシュナー氏は大統領上級顧問として執務室を持つほか、ホワイトハウスのスタッフや国務省をさしおいて、自分の関心の強い外交の主導権を握ろうとする。縁故主義との批判は根強いが、大統領がそれを改めさせる気配はない。

 大統領が24時間かまわず、ツイッターで勝手に発信しまくることにも側近は振り回され続けている。首席補佐官ら側近が止めようとしても、ツイッターは「おれのメガホンだ」と聞く耳を持たない。初代国務長官で元エクソンCEOのティラーソン氏はきまぐれな大統領とすぐ不仲になったが、1年後、アフリカへの出張のさなか、ツイッターで自分の解任を知らされる憂き目にあった。

「小学5、6年生の理解力」と吐き捨てた国防長官

 元海兵隊大将で、最初は大統領の信頼を得ていたマティス国防長官はアメリカの安全保障にとってNATOや在韓米軍の役割がきわめて重要だという意義を何度説明してもいっこうに理解できない大統領に腹を立て、「大統領はまるで"小学5、6年生"のようにふるまい、理解力もその程度しかない」と怒ったという。良識派として内外の信頼が厚かったマティス氏も1月に辞任している。

 ニュースとして報じられてきた政権内の混乱の内情は多くの人の興味を引くだろうが、評者が個人的に面白く感じたのはトランプ氏があまり執務に熱心でなく、執務室に姿を現わすのも「午前10時、11時、時には11時半」と遅いこと。寝室ではテレビがつけっぱなしで、保守系のFOXテレビの熱心な視聴者であること、ツイッターが大好きだが、タッチタイピングができないことなどのトリビアだ。ツイッターの文字制限が140字から280字に増えたことには、「いいことだ。しかし、私は140字のヘミングウェイだったから、ちょっと残念な気もする」とうぬぼれてみせたという。

 現在の大統領の最大の関心事は特別検察官が捜査するロシア疑惑の行方のようだ。偽証などで側近の起訴が相次ぎ、本書にも顧問弁護士などへの取材で大統領自身の発言や捜査への懸念が丁寧に記録されている。だが、2018年3月に辞任した大統領の顧問弁護士がウッドワード氏に洗いざらい情報提供し、「あんたはクソったれの嘘つきだ」と面前で毒づこうとして思いとどまったことをトランプ氏は知っていたのだろうか。

 翻訳はこなれていて非常に読みやすい。ウッドワード氏の新たな代表作として、アメリカの調査報道の頂点に位置することは間違いない。アメリカ・ジャーナリズムの健全さや強靭さが実感できる作品だ。

 本欄では関連で『ドナルド・トランプの危険な兆候』(岩波書店)、『移民国家アメリカの歴史』(岩波新書)、『24歳の僕が、オバマ大統領のスピーチライターに?!』(光文社)なども紹介している。 (BOOKウォッチ編集部  レオナルド)

  • 書名 恐怖の男
  • サブタイトルトランプ政権の真実
  • 監修・編集・著者名ボブ・ウッドワード 著、伏見威蕃 訳
  • 出版社名日本経済新聞出版社
  • 出版年月日2018年11月30日
  • 定価本体2200円+税
  • 判型・ページ数四六判・532ページ
  • ISBN9784532176525

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