テクノロジーの進展は報道現場でもすさまじい。米国ではすでに、記者とデスクとの通信は何年も前に暗号化されたという。個別の要素を入力すれば記事が出来あがるソフトもある。いずれも根底には数学がある。ニューヨークタイムズはどういった技術を導入しているのか、見てみたいと思った。
しかし、本書『ニューヨークタイムズの数学』(WAVE出版)にうたわれる数学は違っていた。同紙掲載の「数学」に関するコラム記事110本のまとめだった。ちょっと脱力したが、別の興味がわいた。時事問題にダイレクトにつながる話題も多い。
コラムは100年以上続いており、記事を書いたのは33人。編者のジーナ・コラータさんは同紙の科学担当の女性記者だ。数学から医学、生物学の分野が専門。ピューリッツァー賞の最終候補に2度ノミネートされている敏腕だ。日本で言えば社会部や経済部など数学を専門にしない記者でも、数学の記事を書いている。面白いと思えば書く――というところか。この辺りは記者クラブや担当分野ごとの閉鎖性の強い日本の事情と異なる。
数学の記事といっても、その幅は広い。長年の課題だったフェルマーの大定理(証明者A.ワイルズ)やポアンカレ予想(同G.ペレルマン)の証明にまつわる高尚な話題から、数学者の研究態度や私生活でのエピソードの紹介にまで及ぶ。本書はこのため、「数学とは何か」「未解決問題」など7章の構成になっている。
ここでは統計に絞って紹介する。統計の限界についての話題だ。ブッシュ対ゴアで争われた2000年の大統領選挙をめぐる改善策を例にとる。
選挙の経緯はこうだった。開票は最後までもつれ、選挙の勝敗を決めたフロリダの票集計に疑義が出たあの選挙。1回目の機械集計が僅差。2回目の機械集計で差はさらに縮まり、手作業で数え直しをするかどうかで訴訟に。結局、連邦最高裁が数え直しの執行停止を命じ、疑問を残したままでの幕切れになった。投票用紙がパンチカード式の同選挙では、2度にわたる機械集計で、原形が維持できていないケースがあるなど、数え直し中止はやむを得なかった、という。
では、元の手法に99%ほどの信頼性がある場合、改善策はあるのか――同紙記事は常識とは正反対の見解を示す。
「カリフォルニア州リバーサイド郡では新たにタッチスクリーンを導入した。二重投票や、だれに投票したかの判別が紛らわしいこともなくなって、全体として正確さは増す傾向にある」。それでも、「この機械がエラーを起こしうるだけでなく起こったエラーが一層見つけにくくなる」との専門家の指摘を紹介。さらに「タッチスクリーンの場合、数え直しをする機会はない」。
これが日本ならば「100%正確な結果。簡単だよ」「最初から手作業できちんとやればいい」。そんな声が聞こえてくる。しかし、現実はそうではない。開票では相当数の疑義票(得票者が分からない票)が常に出るからだ。得票が同数になるケースは国会議員選挙のレベルでさえ起きていて、地方選挙では珍しくない。
厚生労働省の統計に不正があったことが問題になっている。働き方改革関連法が成立して賃金動向がデリケートな時期に、その調査がおろそかにされていた。なんとも罪深いことだが、規定通り悉皆調査をしたとしても、100%正確ではないということは知っておくべきだろう。
コラータさんには『クローン羊ドリー 』(Ascii books)、『セックス・イン・アメリカ―はじめての実態調査』(日本放送出版協会)などの著書がある。
本欄では数学関連で『はじめまして数学 リメイク』(東海大学出版部)、『小数と対数の発見』(日本評論社)、『北欧式 眠くならない数学の本』(三省堂)、『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』(インターシフト)、『世界一深い100のQ』(ダイヤモンド社)なども紹介している。
(BOOKウォッチ編集部 森永流)
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