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トランプ大統領でも米国は「移民の国」に変わりなし

移民国家アメリカの歴史

 中南米で発生し米国移住を目指し北上するキャラバン。「不法移民」対策の強化を掲げる米トランプ政権に挑戦するかのように現れたが、トランプ大統領が軟化する気配はない。それどころか国境に軍隊を派遣して規制の強化に乗り出した。「移民こそが国の歴史」とされる米国で、移民・難民規制の強化しようとするトランプ大統領は、異形の指導者ともみられているが果たしてそうなのか。

包摂と排除の繰り返し

 『移民国家アメリカの歴史』(岩波書店)は、とくにその答えを求める人たちには格好の書。米国が移民国家であるというのは、実態的には間違いないかもしれないが、歴史のなかで「移民」の包摂と排除を繰り返し神話化したものと指摘。トランプ大統領はそうした神話には興味がなく現実的な対応しているように見えてくる。

 移民・難民規制はトランプ大統領が標榜する「アメリカ第一主義」の発露。トランプ大統領は2017年1月に就任するとすぐに「壁」建設や国境警備の強化を指示したほか、入国審査の厳格化を命じる大統領令を発して各地の空港で混乱が生じたものだ。そしてこれらの措置は市民生活への影響が大きく報道もスケールもアップ。その扱いは、続いて次々と打ち出される移民政策、通商政策についても同様で、中西部のいわゆるラストベルト(さびれた工業地帯)の有権者ら、トランプ支持層の白人労働者たちに対する、これ以上はないアピールになっている。

 アピールがうまくいったのか、今年11月に行われた中間選挙では、下院で野党の民主党に多数党を譲ったものの上院では議席増となり、トランプ大統領は「勝利」を強調しものだ。

移民あっての「アメリカ第一主義」

 選挙対策、有権者対策はうまくいったのかもしれないが、本書は「トランプが実際にどこまで実効性を見込んで政策立案しているかについては大きな疑問符がつく」と指摘する。さまざまな政策の実現性の低さに加え、そもそも「不法移民」とされる非正規滞在者の約半数は、正規のビザによる入国者のオーバーステイであることが挙げられる。

 さらには、米国はこれまで、非合法移民(本書では「不法移民」を強い暴力的な言葉とし引用以外での不使用をことわっている)を労働力として欠かせない存在として経済体制を築いてきたのであり「善し悪しは別として、過去数十年間、アメリカは非合法移民をも包摂した新しい移民国家をつくろうと苦心してきたのであり、トランプ支持者の一部が求める『国外一斉退去処分』など、現実的に不可能」というわけだ。

 米国が世界でトップを維持するIT産業は、インドなどからの移民なしで成り立ち得ないなど、トランプ大統領が主張する「アメリカ第一主義」を守ろうとすれば、それは皮肉にも移民に依存せざるを得ないのが実情なのだ。

「起源」はメイフラワー号じゃなかった

 著者の貴堂嘉之さんは、米国史、人種・エスニシティ・ジェンダー研究のほか移民研究などを専門とし現在は一橋大学大学院社会学研究科教授を務めている。1966年生まれ、東京大学教養学部卒業後、同大大学院総合文化研究科地域文化専攻修士課程修了、博士課程中退などを経て、日米の大学で講師、助教授、教授を務めた。米国史などについての著書が多数あり、高校世界史の教科書の執筆陣にも名を連ねている。本書執筆の動機の一つとして、日本の歴史教育のなかで「移民国家アメリカの歴史は断片的にしか教えられておらず、本来、日本の読者に知っておいてもらいたい移民史が書かれずにきたと感じている」ことをあげている。

 米国史のなかで移民をめぐっては「本音」と「建て前」のようなものがあり、それは幕開けからみることができる。たとえば北米植民地の起源。メイフラワー号による航海を経て1620年に現在のマサチューセッツ州プリマスに上陸した「ピルグリム・ファーザーズ(巡礼始祖)」の物語として知られるが実は、米大陸にはそれ以前から開拓民がいた。そちらを起源の話とすると、黒人奴隷制の「不自由」の物語がついてまわり「自由の国」を語り起こすにはふさわしくないからと触れられずにいるという。

「坩堝」や「自由の女神」も...

 「移民」の定義は時代ごとにゆらぎがある。奴隷制以前の黒人は、英国や他の欧州諸国からの移住者同様、年季契約奉公人として強制労働に従事していたが移民として語られることはなく、日本人や中国人などアジアからの米移住者が移民にカウントされない時代も相当期間あった。米国が移民国家であることを象徴する言葉としてしばしば「坩堝(るつぼ)」という言葉が使われるが、18世紀の登場当初「メルティング・ポット」で溶け合うのは、ヨーロッパからの移民に限られ先住民や黒人は想定外とされていた。

 ニューヨークの観光名所となっている「自由の女神」は、欧州からの移民歓迎の象徴として設けられたとされているが、それも後付けの理由。建設提案の年(1865年)や、足元の引きちぎられた鎖や足枷などから「黒人奴隷解放による新しい自由と平等の誕生への希望が込められていたとみるべき」という。20世紀に入り増えすぎた移民が問題となり、移民排斥運動が起きたが、のちに移民制限が設けられ運動は鎮静化。自由の女神像は、この排斥運動を取り繕うように移民歓迎の「創られた」シンボルに変貌した。

受入数は史上最大規模

 こうした歴史を知ると、移民をめぐって米国では、その時代に応じて、いわばご都合主義的に過ごしてきたといえ、なにもトランプ政権にはじまったことではないように思える。同政権では「『不法移民』に焦点があてられ正規の移民が後景に退いている」状態で、実際のところは「まぎれもない移民国家」であり、本書によれば、その現在の受入数からいえば史上最大規模になっている。

 移民の専門家として著者は、少子高齢化が進む日本では「遅かれ早かれ、移民受け入れを宣言するときが必ず来る」とみている。だが、アメリカ移民史などに授業で接する学生たちは「日本政府が移民・難民の受け入れに厳格な政策を採ってきたことを評価し、移民国家アメリカの問題を自分たちと切り離して理解しようとする」傾向があり、そのあたりに危機感を秘めていることがうかがわれる。

 近い将来、今以上に多種多様な背景を持つ人々が「共生」する社会が日本に現れるとみられ、そのことを自分たちと切り離して考えているのは学生ばかりではないはず。「その共生の技法に学ぶにも、アメリカ移民史ほど豊かな気づきの機会を与えるものはないはず」と著者は述べている。

  • 書名 移民国家アメリカの歴史
  • 監修・編集・著者名貴堂 嘉之 著
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日2018年10月19日
  • 定価本体840円+税
  • 判型・ページ数新書・256ページ
  • ISBN9784004317449
 

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