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作家の父と母を親にもつと子どもは大変だ!

小岩へ

 本書『小岩へ』(河出書房新社)は副題「父 敏雄と母 ミホを探して」にあるように、作家島尾敏雄とその妻で作家島尾ミホの長男である写真家・島尾伸三さんが書いた本だ。

 島尾敏雄の小説『死の棘』は映画化もされ、精神を病んだ妻ミホとの激しい葛藤の日々の描写を覚えている人も多いだろう。ちなみに「昭和の浮気バレ文学」のもう一つの極北は檀一雄の『火宅の人』だ。余談だが、こちらも映画化されている。両方に松坂慶子さんが出演しているのも面白い。

『死の棘』の家族の内実

 島尾ミホの代表作『海辺の生と死』は、二人の出会いを格調高く描いた小説で、奄美群島の加計呂麻島に着任した特攻隊の隊長と島の娘との恋がモチーフ。ほぼ実話で二人がモデルになっている。これも満島ひかりさん主演で2017年に映画になっている。

 夫の浮気に死ぬほど狂う妻と純愛の島娘とのギャップが大きすぎて、「戦後文学の謎」のひとつとまで言われてきた敏雄とミホ。2016年に梯久美子さんがミホの評伝『狂うひと-「死の棘」の妻・島尾ミホ』(新潮社)を書いて、ようやく真相がわかった、と言われた。伸三さんが梯さんに日記、手紙などの資料を提供した。

 今回、実の息子が書いた本書を読み、評者は少し混乱した。父も母も伸三さんによれば、ひどい親だというのだ。

 「見栄えの良い父と母のおかげで、マヤと私が放置されまともな食事もしていなかったなんて、誰も信じようとはしなかったでしょう」
 「もう、ぼくんちは家庭とか家ではなくて、ここは安住の地ではなく、屋根も壁も無い、床が道路の一部になった吹きさらしの状態のようでした」

 戦後、一家は文学を志す敏雄について、神戸から東京都江戸川区小岩へ引っ越してきた。納豆売りや駄菓子屋など下町の暮らしの描写もあり、ほのぼのとしたものが立ち上がるそばから、暗い雲が押し寄せてくる。

 一家は千葉県佐倉市、東京・池袋、そしてミホの故郷奄美へと転居を繰り返す。

死者にむち打って書いた

 「父と母は死んでからも滅私奉公を強要しているかのようです。だからといって、彼らを批判せずには思い出せないのですから、死者にむち打つような作文になってしまうのは仕方がありません」

 正直、こういう親のもとで育つのは大変だったと思う。父親は文学のことしか考えず、子どもは視野にないのだから。また母親も傍若無人にふるまう人だったという。妹マヤさんは小学校4年生の頃には心因性の言語障害となり、半身不随になる。成人して独り立ちする直前に奄美に呼び戻され、「母の我が儘に殺されちゃったじゃありませんか。どうして、勇気を出して救出に行かなかったのか、悔やまれてなりません」とまで書いている。

 『死の棘』の夫婦の謎が解けたと思ったら、新たに親子の謎が生まれたような気分だ。

 伸三さんには、父方の祖父の生地を訪ねた『小高へ 父 島尾敏雄への旅』(河出書房新社)という前作もある。福島・浜通りの小高から横浜、そして神戸、奄美、東京と振幅の大きい一族が描かれている。ちなみに、漫画家・イラストレーターのしまおまほさんは伸三さんの娘。三代続けての表現者一族ということになる。
  • 書名 小岩へ
  • サブタイトル父 敏雄と母 ミホを探して
  • 監修・編集・著者名島尾伸三 著
  • 出版社名河出書房新社
  • 定価本体2400円+税
  • 判型・ページ数四六判・221ページ
  • ISBN9784309027234

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