読むべき本、見逃していない?

コロナ「情報」は「作戦本部」に正しく伝わっているのか

帝国軍人

 日本はなぜ無謀な戦争に突入したのか。様々な本が出ているが、本書『帝国軍人』 (角川新書)を読むと、その理由がすんなり理解できる。なにしろ、これまであまり知られていなかった秘話やエピソード、裏話が満載。それらをもとに、戦争を指導した「帝国軍人」たちの実像と本音が極めてわかりやすい形で浮かび上がるからだ。

旧軍人たちと面識

 本書は、戦史研究家の戸高一成さんと、大木毅さんとの対話本になっている。

 戸高さんは1948年生まれ。多摩美術大学美術学部卒業。日本海軍史研究家。広島にある呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)館長。著書に『海戦からみた太平洋戦争』(角川新書)などがある。大木さんは1961年生まれ。立教大学大学院博士後期課程単位取得退学。陸上自衛隊幹部学校(現陸上自衛隊教育訓練研究本部)講師等を経て、著述業。現代史家。BOOKウォッチでも紹介した『独ソ戦』(岩波新書)で新書大賞2020大賞を受賞している。

 この経歴を見ただけでは、2人がなぜ「帝国軍人」について語り合っているのか、直ちに理解できないに違いない。そこでもう少し補足すると――。

 戸高さんは、子どものころから船や飛行機マニア。学生時代には、「(財)史料調査会」に通っていた。日本海軍に関する史料収集・調査・編纂を行う組織で、海軍有力OBが設立していた。やがて同会の司書になり、海軍の将校・下士官兵の証言を数多く聞くことが仕事になる。『[証言録]海軍反省会』(PHP研究所)全11巻の業績で第67回菊池寛賞を受賞している。

 大木さんは、現在はドイツ軍事史研究者だが、若いころ、雑誌『歴史と人物』(中央公論社)の編集に携わっていたことがある。年二回、8月15日と12月8日に合わせて、太平洋戦争についての400ページほどの特集号を作っていた。多くの旧帝国軍人の将校・下士官兵らに取材し、証言を聞いた。つまり二人とも、多数の旧軍人、なかんずく指導的な立場にあった大物の肉声に接した経験があった。

公表できなかったエピソード

 「私自身は研究者ではありません。司書として、調べ物の手伝いをするのが仕事」だったと戸高さん。

 「史料調査会」は海軍の将官、佐官クラスの一種のサロンになっていた。戦後何十年もたっていたから、みんなおとなしいおじいさん。戸高さんは「元参謀」や「元作戦部長」というような立場だった人とも、気軽に茶飲み話をした。聞きたいことをズケズケ聞いても、構えずにしゃべってくれた。司書だったから、著名な現代史研究者からも、真夜中に電話で問い合わせがあったりする。黒衣としてそうした研究にも協力してきた。

 年齢的には戸高さんが、大木さんの10歳あまり先輩にあたる。大木さんが当時、初めて戸高さんに会ったとき、「僕はね、10年雑巾がけをやったなあ。これからは君が雑巾をかけるんだ」と言われたという。

 大木さんも、『歴史と人物』の仕事で、旧軍人たちの体験談や所見を聞いていたが、昭和60年代では公表できないエピソードもあった。

 「これらの貴重な見聞を眠らせたままにしておいてよいものか」。30年余りの時を経て、そうした思いがしだいにつのってきた。戸高さんも同じだったようだ。「われわれが経験したことを今のうちに話しておこう」ということで本書が実現した。

瀬島龍三が情報を握りつぶした話

 本書は以下の構成。

 序 章 帝国軍人との出会い
 第一章 作戦系と情報系――陸軍編1
 第二章 陸軍はヤマタノオロチ――陸軍編2
 第三章 連合艦隊と軍令部――海軍編1
 第四章 海軍は双頭の蛇――海軍編2
 第五章 日本軍の文書改竄――史料篇1
 終章 公文書、私文書、オーラルヒストリー――史料編2

 個別には以下のような話が出てくる。

 ・瀬島龍三が情報を握りつぶした話が漏れた経緯
 ・藤村義一の「誇張」、坂井三郎の「加筆」、朝枝繁春の「ほら」
 ・大井篤が漏らした「連合艦隊との戦いは終わった」
 ・『滄海よ眠れ』で暴露された、ミッドウェイで捕虜を茹で殺していた事実
 ・松井石根の『陣中日記』改竄を突き止めた舞台裏
 ・大和と武蔵を「使いこなせなかった」ことに問題があった
 ・歴史に残るメイキング、ババル島虐殺事件 etc.

 副題には「公文書、私文書、オーラルヒストリーからみる」とある。「大和ミュージアム館長と『独ソ戦』著者が初公開!」「戦後、将校・下士官兵は何を二人に語り残したのか......」というのが本書のキャッチとなっている。

インタビュー原稿に立腹

 多数の秘話、エピソードから一つだけ紹介しよう。大木さんが「小沼治夫」という旧軍人について語っている。元陸軍少将。フィリピンの第一四方面軍参謀副長。大岡昇平の『レイテ戦記』にも、大変厳しい作戦指導を行った人物として登場するという。

 大木さんが原稿依頼に行くと、「私はもう歳だから、自分で書くのは大変だ。話を聞いた君たちがまとめて、私の名前で出してくれ」という。そこで大木さんと編集長が話を聞いているうちに、小沼少将は感極まってきた。「私はね、比島(フィリピン)で、戦車一個師団を潰した悪党ですから」と言って、ぽろぽろと落涙する。

 その話をまとめて原稿にすると、立腹した。「私の真意が伝わっとらん」「自分で書く」というのだ。落涙場面を見ているので、さらに「反省や自分に関する呵責の念」に満ちた原稿が届くのかと思ったら、正反対だった。「自分は、断固取るべき作戦を取った」という原稿が来た。その要旨が本書に掲載されている。

 大木さんは、「あの涙は何だったんだ」と思った。ほかにも同様の経験があったという。「軍人は軍事官僚でもある。だから、作戦系の人は基本的に陸海を問わず、自分のミスを公の場では認めないのだな」と思ったという。

 戸高 「官僚というのは、まさにそのとおりです」
 大木 「あの涙が嘘だったとは思いたくありませんが、いざ、公の場になると自分の心もメイキングしてしまうし、間違いを認めない・・・間違いを認めないことが習い性になっている。だから、この人たちの話をうかつに鵜呑みにすると大変なことになるな、と思いました」

情報vs作戦

 大木さんが会った多数の元軍人の中で、一番頭がいいと思ったのは林三郎だという。参謀本部ロシア課で対ソ情報戦に携わっていた情報将校だ。元陸軍大佐。岩波新書で『太平洋戦争陸戦概史』を書き残している。

 大木さんによれば、情報部門にいた林は、作戦課の人たちに対し、恨み骨髄だったという。「俺たちがこんなに苦労して分析して、判断しているのに、作戦の連中は言うことを聞きやしない」と。

 1941年(昭和16)6月、ドイツがソ連に攻め入った。日本も呼応して戦線を拡大するべきか、「独ソ戦」についての判断が重要になった。参謀本部のロシア課は、林が中心になり、「独ソ戦は短期戦では終わらない」という判断をした。しかし、作戦系の人は言うことを聞かない。太平洋戦争へと突き進む。陸軍の中で、作戦系と情報系は一枚岩ではなく、互いに確執があった、と大木さんは振り返る。

 戸高さんは「海軍も同様です」と続ける。「日本の海軍も陸軍も情報を軽視します。作戦系の人間はエリートで、いいところで仕事が無かった人や、体をこわした人が通信や情報に行く、といったような所もありました」。

 林は、「理屈が立たないから、日米戦争はやらないだろう」と思っていたという。大木さんに、「作戦系の連中は情報系よりも程度が低かったんじゃないか」と漏らしたこともあったそうだ。

 ここでわかるのは、戦争の最終決断は「作戦系」がにぎっていたということだ。戸高さんは、「情報を出すほうも、あまりネガティブな情報を出すと、出した人間が排除される傾向がある」と指摘する。

 例えば、駐独武官は、独ソ戦の初期に、戦地から戻ってきた指揮官らの話を聞いて、ドイツは相当大変だということを知る。しかし、中央に報告しない。「ちょっと待て」と情報を止めてしまう。陸軍は全体として「ドイツ優勢」という前提で動いているから、発信元もドイツが危ないというニュースを止めてしまう。「忖度」してしまう。

 林は、先の戦争で、「日本陸軍の最大の失敗は独ソ戦の行き先を見誤ったこと」だと指摘していたという。陸軍はドイツが勝つという前提ですべてをプログラムしていた。「もしドイツが崩れるとわかっていれば、さすがの日本陸軍も、対米戦争など無理だと言ったはず」と大木さんは林の見方に同意する。

情報軽視の果て

 以上の話から、いくつかのポイントが浮かび上がる。一つは、軍人は官僚だということ。公の場では、ミスを認めない。事実も改竄・隠ぺいし、自己弁護する。エリート軍人の回顧録は必ずしも信用できない。二つ目は、軍人の中では、作戦系が情報系より力を持つ。情報が軽視される。三つ目は、独ソ戦についての判断の誤りが、日本陸軍の最大の失敗であり、無謀な戦争に突入した理由になったということ。

 これらはしばしば言われることではあるが、本書では一つのエピソードから具体的に説明され、理解しやすい。

 BOOKウォッチで紹介した『なぜ必敗の戦争を始めたのか』(文春新書)、『戦慄の記録 インパール』(岩波書店)、『ノモンハン 責任なき戦い』 (講談社現代新書)、『日本人はなぜ戦争へと向かったのか 戦中編』(NHK出版)などにも、本書を裏打ちするような話が掲載されている。いずれも情報が軽視され、主戦論・強硬論に引きずられる。首謀者はほとんど反省しない。インパール作戦では、経理部長が「補給が全く不可能」と明言したが、「卑怯者、大和魂はあるのか」となじられた。開戦に関しては、参謀本部作戦課の中でも慎重論も多かったが、作戦部長、課長ら中心部の強硬論者に引きずられる。真珠湾攻撃についても、軍令部には「危険きわまりない」と反対論が強かった。最終的に軍令部総長の永野修身大将が「山本(五十六)にそんなに自信があるというなら、希望どおりやらせてやろうじゃないか」。まさに鶴の一声で決まる。『なぜ必敗の戦争を始めたのか』によれば、軍令部参謀の何人かは戦後も、真珠湾攻撃を認めようとせず、山本五十六が余計なことをやったために、と悔しがっていたという。

「Go To」にコロナ第二波の想定はあったのか

 戦争史を振り返ることは、現代の政治にも有効だとされている。軍人は上記のように、本質的に官僚であると同時に、戦前は多数の政治家も輩出していた。今日の官僚や政治家のふるまいを考えるときにも、参考になる。

 独ソ戦の見通しの読み違いは、コロナ禍にも通じる気がする。安倍首相は5月25日に記者会見し、「わずか1か月半で今回の流行をほぼ収束させることができた。日本モデルは世界の模範だ」と胸を張った。「新たな日常」で「経済活動」を取り戻そうと、「Go To トラベル」キャンペーンに突き進んだ。これなど、コロナとの闘いの戦況を読み違えたと言えなくはないだろうか。短期決戦で勝てたと思ったら、相手はしぶとかった。

 果たして、キャンペーンを始めるにあたって、「コロナ第二波」の想定はあったのか。それがなかったから、感染者の急増を前にしても、直ちに方針の転換、修正ができず、ずるずるとキャンペーンが続く結果となったのではないか。

 先の戦争では、ドイツが、早い時期にソ連に勝つという見通しで開戦を決めた。もし独ソ戦が長期化したら、とか、もし最終的に日本が負けることになったら、などという複数の想定がなかったと言われる。それと、どこか似ている。

 しかもPCR検査体制などが不十分なままキャンペーンを始めている。「兵站」「装備」が足りていない状態だ。コロナ対応で政府の「情報」部門の分析は、「作戦」部門に十分伝わっているのだろうか。その前段として、「情報」はきちんと分析されているのか。本書を読むにつけ、いろいろと心配は尽きない。本書は戦前の日本軍の話だが、今日的に大きな意義と教訓を持っていると感じた。

 BOOKウォッチではさらに関連で、『観光ビジネス大崩壊 インバウンド神話の終わり』(宝島社)、『PCR検査を巡る攻防――見えざるウイルスの、見えざる戦い』(リーダーズノート)、『コロナ後の世界は中国一強か』(花伝社)、『中国共産党と人民解放軍』 (朝日新書)、『牛疫』(みすず書房)、『傀儡政権――日中戦争、対日協力政権史』 (角川新書)、『陸軍登戸研究所〈秘密戦〉の世界――風船爆弾・生物兵器・偽札を探る』(明治大学出版会)、『流行性感冒――「スペイン風邪」大流行の記録 』(東洋文庫)、『病魔という悪の物語――チフスのメアリー』(ちくまプリマー新書)、『幕末日本の情報活動――「開国」の情報史』(雄山閣)なども紹介している。



 
  • 書名 帝国軍人
  • サブタイトル公文書、私文書、オーラルヒストリーからみる
  • 監修・編集・著者名戸高一成 、大木毅 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2020年7月10日
  • 定価本体900円+税
  • 判型・ページ数新書判・296ページ
  • ISBN9784040823348

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