『御社のチャラ男』(講談社)、なんともすごいタイトルだが、予想を裏切らない作品だった。2006年に「沖で待つ」で芥川賞を受賞した絲山秋子さんは、会社員の友情や恋愛、仕事をテーマにした小説で定評がある。本書では、どこの会社にもいそうな「チャラ男」を狂言回しに、日本の会社の実態を鋭く描き出している。
東京から少し離れた地方都市にある食品メーカーが舞台。営業統括部長の三芳は、社内の人間から秘かに「チャラ男」と呼ばれている。軽いしちょっと変わっているけど、そんなに悪い人ではないとの評判だ。
各章が社員や関係者のべ15人の視点で順番に語られる。「アメリカで自分探しをしていた」とか、数年前社長にヘッドハンティングされ、いきなり部長で入社したとか、かなり年上の妻がいるとか、属性がおいおい分かっていく。
それぞれチャラ男についても言及するが、自分の仕事について語るくだりが面白い。営業マンは「営業という仕事は外に出てしまえば気が楽だ」「売れたらやっぱり面白いし、売れなければ悔しいが、むしろ燃えてくる。ゲームみたいだ」と思いながら楽観的に仕事をしているが、常に人員不足で有休も取れない会社に不満をもっている。そして辞めようと思いながらも辞めることの出来ない自分を卑下している。
情報システム部からITソリューション推進部に名称変更された部署で働く男性社員は、チャラ男の実績作りのために行われた組織変更に不満を持っている。「組織変更で発生する膨大なシステム関係の仕事のうち、本当に必要なものってどれだけあるのだろう」「管理というのは素人が思いつきで部下の仕事を増やすことではないのだ」と思いながら、感情を殺して働いている。
総務の若い女子社員は、「社長秘書兼何でも屋」と自負しつつ、将来政治家になろうと爪を研いでいる。ある日、チャラ男がパラダイムシフト、スキームなんていう言葉をまぶして話しているのを聞いて気がつく。
「このひとの話すことってコピペなんだ。ひとから聞いたこと、ビジネス雑誌に書いてあったこと、ネットのまとめの受け売りなんだ」
そして会社を猿山にたとえ、自分もチャラ男になりたかったという若手男性社員。
当のチャラ男も三芳道造(44)として、6番目に登場する。本人は出ずに、周囲の証言で人間像を浮かび上がらせるのかと思っていたので、意外だった。
三芳の目に社員たちは、こう映っている。
「全員ではないけれど、明らかに変人の比率がおかしい」 「かれらの悪いところは働きすぎることだ。今はそんな時代じゃないのに、自分で悲劇を演じると決めてしまっているかのようだ」 「君たちはぼくを敵視するけれど、ぼくのことなんて実際には見ていない。ぼくに悪役をくれただけのことなんだ」
チャラ男の不倫相手となる女子社員や彼らの不倫に気がついてアクションを起こすチャラ男の天敵的男子社員の逮捕劇など波乱を引き起こしながら、新規事業をきっかけに物語は大団円を迎える。
ある企業が舞台だが、地方都市に生きる人たちのまったりとした日常生活の描写に精彩がある。会社の存亡さえ、小さな波くらいに受け流す無常観のようなものが感じられる。
著者の絲山さんは、1966年生まれ。住宅設備機器メーカーに入社し、営業職として福岡、名古屋、群馬県高崎などに勤務し、2001年に退職。いまは高崎に住みながら著作を続ける。著者の営業体験と地方都市在住の経験が培った新しい「会社員」小説の誕生だ。
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