商社の関連会社の役員で定年を迎えた竹脇正一は、送別会の帰り、地下鉄の車内で倒れ、病院の集中治療室に運ばれた。同期入社で本社社長にまで上り詰めた堀田、妻の節子、娘の夫武志らが見舞いにかけつけ、それぞれの視点から正一の人生を振り返る。
昭和26年のクリスマスイブに親に捨てられ、孤児として徒手空拳で努力し、国立大学から商社に入り、働き通しだった正一の生き方が浮かび上がる。
人は亡くなる直前に走馬燈のように一生が見えるという話があるが、意識を失った正一にも不思議なことが起きる。マダム・ネージュと名乗る老女と食事に出かけたり、静という謎の女性と海岸を歩いたり、地下鉄の車内で孤児たちのマドンナだった峰子と再会したり、ありうべからざることが起こり続ける。「夢や妄想の類ではない。どう考え直したところで、明らかな実体験である」と正一は思う。その一方で「病院の集中治療室に瀕死の僕が横たわっているのもまた事実で、いわゆるパラレルワールドが存在する、とでも考えるほかはなかった」と意識は覚醒しているのだ。
著者の浅田次郎さんは、名作『メトロに乗って』で、地下鉄を過去と現在をつなぐ舞台装置として使い、死者との交流を描く幻想譚を仕上げた。本作でも地下鉄丸の内線と銀座線が重要な舞台として登場する。電車が終点の浅草に近づくにつれ、正一の出生の秘密が解き明かされる場面では目が潤んだ。ストーリーテラー浅田次郎さんの面目躍如だ。
週刊現代(2017年12月16日号)書評で、女優で作家の中江有里さんは「地下鉄に捨てられた赤ん坊が成長し、やがて会社員となり社会に出ていく。戦後間もない日本、高度経済成長期......遠くなってしまったあの時代が、ひとりの男の人生から見事に立ち上がってくる」と記している。
本作は毎日新聞に2016年12月13日から2017年7月31日まで連載された。
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