「芸術の秋」かどうかはともかく、例年ならば秋は学園祭が開かれる季節だ。本書『げいさい』(文藝春秋)は、ある美術大学の学園祭「芸祭」を舞台に、芸術とは何か? を熱く論じあう若者たちの青春群像劇だ。
著者の会田誠さんは1965年、新潟県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了。絵画、写真、映像、立体、パフォーマンス、漫画など幅広い表現活動をしている。森美術館で開催した大規模な回顧展「会田誠展:天才でごめんなさい」(2012~13年)が話題になるなど、美術界の超有名人として知られる。
高校生が主人公の小説『青春と変態』以来、24年ぶりの小説になる。1986年11月2日から3日にかけて、多摩美術大学の学園祭、通称「芸祭」に行った主人公、二朗の体験と回想が綴られている。
二朗は新潟県の佐渡出身という設定。高校時代、全国の絵画コンクールで木版画が総理大臣賞をとったこともあり腕には自信があったが、東京藝術大学油画科には受からず、東京の美術専門予備校で浪人を始めたのだった。36倍という高倍率なので浪人は当たり前。二浪、三浪も珍しくなく、伝説の「五浪」の先輩もいた。
「芸祭」で、二朗は予備校で付き合っていた佐知子が出演したパフォーマンスを見る。彼女は一浪して多摩美に入っていた。二浪に突入した二朗は居心地の悪さを感じながら、浪人生活と東京藝大の実技試験のあれこれを回想するのだった。
地方出身でデッサンはヘタだが、「絵心がある」と言われる二朗。東京の資産家の家庭に生まれ、完璧なデッサン力を持つ小早川が対比される。受験のためのデッサン、油絵という「受験絵画」の規範があり、講師はそれを徹底的にたたき込む。
二朗は次第に腕を上げ、合格レベルと言われたが、「自由に、絵を、描きなさい」という課題の二次試験で、思いも寄らぬ行動に出て不合格となる。
画一的な合格者が増え、時に課題の傾向を変えて対策に出た東京藝大。すると予備校は対応するといういたちごっこが続いていた。
会田さんが藝大・美大受験の内幕をかなり忠実に描写しているのは、そこに日本の美術界が抱える問題が端的に現れていると思ったからだろう。大学を出てもプロの絵描きとして生活していくのは容易ではない。優秀な人の一部は大学や予備校などで教えながら生計を立て創作活動をする。それ以外の人はアルバイトをしたり他の職業に就いたりしながら作品を作る。消えていく人も多い。
以前は日展を頂点とした団体展というシステムがあったから、目標は明確だった。その中でステップを上がっていけばよかったから。しかし、本書が舞台としている1980年代から、そのシステムに属さない作家が増え、混沌としてくる。「現代美術」という名の下に、既成の美術を否定する流れが大きくなる。そんな時代状況が下敷きになっている。
小説ではパフォーマンスの打ち上げの飲み会が盛り上がる。学生、講師、評論家、六浪して美大に入れず独学で作家活動をしている中年男などが入り乱れ、飲み、騒ぎ、議論が続く。
評者も80、90年代に美術業界の周辺にいたので、このあたりの雰囲気はよくわかる。しばしば口論もあったが、それはシステムの外にいる同士で行われるのが常だった。「なんでもあり」の世界で、何をやるべきなのか? その中でも展覧会の招待出品での選別や作品の値付けなど、世俗的な評価はなされていく。当然、いらだちが募る人もいる。
二朗が不合格になった二次試験の課題「自由に、絵を、描きなさい」と「なんでもあり」の80年代以降の美術の状況が重なっているように思えた。
一見、システムの外と思えた「現代美術」も実はそれ自体システムを形成していることがおいおいわかり、「アーティスト廃業」宣言をする者も2000年以降、少なからず存在した。
そういう意味では、荒涼とした世界で生き残った会田さんだからこそ書ける小説と言えるだろう。
自伝的作品かと思ったら、そうではなかった。「週刊現代」(2020年9月26日号)の著者インタビューでは否定し、「現実の僕には、受験を乗り切って藝大生になったそつのなさ、ズルさがあります。登場人物の中では、ニヒルな態度で受験に成功する小早川に似ています」と答えている。
そして、当時と比べて美大を経由しないアーティストがどんどん増えている現状を、「とても意味のあることです」と肯定している。
東京藝大にかんするノンフィクションとしては、二宮敦人さんの『最後の秘境 東京藝大――天才たちのカオスな日常――』(2016、新潮社)が出色。コミック化もされているので、天才たちのその後を知りたい人にはお勧めだ。消息のわからない卒業生も多いらしい。
BOOKウォッチでは、美術関連として『美術展の不都合な真実』(新潮新書)、『博物館と文化財の危機』(人文書院)、『美意識の値段』 (集英社新書) 、『アート思考』(プレジデント社)などを紹介済みだ。
<付記>「文學界」(2020年10月)の特集「アートとことば」に会田誠さんのインタビュー「『げいさい』と日本美術教育の矛盾」、会田さんと芥川賞作家・高山羽根子さん(多摩美術大学絵画学科卒)の対談「私たちの美大受験のころ」が掲載されている)当サイトご覧の皆様!
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