最近、一流ビジネスパーソンはアートにも詳しいというような趣旨の本が目につく。本書『アート思考』(プレジデント社)もその手の本かと思ったら、少し違っていた。著者の秋元雄史さんは数々のアートプロジェクトや美術館を成功させ、現在、東京藝術大学美術館長・教授と練馬区立美術館館長を務める「現代アート」の側の人。秋元さんは冒頭に、「どんな角度から考えても『アートとビジネスはまったく異なる』」とがっかりさせるようなことを書いている。では、なぜビジネスパーソンは、アートを学んだほうがいいのか?
旧来の論理的思考、批判的思考とは異なる発想として「アート思考」が浮かび上がっているようだ。「今、何が問われているのか?」「課題は何なのか?」を探っていくための思考法だ。
まず、アート思考とデザイン思考の違いから説明している。デザイン思考はユーザーにとっての最適解を得るための「課題解決」型の思考だが、アート思考は「そもそも何が課題なのか」という問題をつくり出すという。秋元さんはこう書いている。
「優れたアーティストは、感度のいい野生動物のように時代の変化を肌で感じている。そうしたアーティストの時代感覚は、数十年先取りしていたり早すぎる傾向もあるが、さじ加減を考えればビジネスにもうまく活用することができる」
「第2章 アートとビジネスの交差点」でシリコンバレーのイノベータ―たちとアートとの関係を紹介している。アップルの創業者スティーブ・ジョブズは、文字のアート、カリグラフィーを学んでいた。またAirbnb(エアビーアンドビー)の創業者の一人、ジョー・ゲビアらイノベータ―たちが共通してアートをたしなんでいたため、アートとビジネスの関係が指摘されるようになったという。ゼロから価値を生み出すということにおいて、アートとイノベータ―は共通しているのだ。
現代アートの作品はよくわからないものが多い。だからそれらを鑑賞することが、自分の頭で主体的に考えるトレーニングになるという「効用」はあるが、アートとビジネスは実利的に直結するものではないという。
「第4章 アートと資本主義」では、天井知らずのアート市場の現況を紹介している。今年(2019年)3月、香港で開かれたアートフェアは、アメリカ・マイアミで開かれるアートフェアを売上げで抜き去ったという。中国を中心としたアジアのマーケットが成長、世界の美術品市場は推計約7兆5000億円に達し、天井知らずに伸びている。
秋元さんは東京藝大を卒業後、アーティストとして活動後、福武書店(現ベネッセコーポレーション)に入社、「ベネッセアートサイト直島」のプロジェクトを担当し、入場者を大幅に増やし、黒字化を実現した。
3年に一度開催される瀬戸内国際芸術祭には海外から多くの観客が訪れるようになったが、その種は秋元さんが毎回イタリアのヴェネチア・ビエンナーレに通い、まいたことにもふれている。ベネッセ賞という若手を対象にした賞をつくり、宣伝につとめたのだ。
著名アーティスト、美術館長、キュレーター、美術評論家、美術ジャーナリストといったアートセレブが世界中から集まる。閉じられたインナーサークルだが、大きな影響力を持つ。そこに働きかけたのだ。
いま直島には海外から7割、国内から3割の入場者が集まるそうだ。今年4回目となった瀬戸内国際芸術祭の模様をNHKの「日曜美術館」が紹介しているのを見たが、一企業の事業から始まったアートイベントがここまで発展した陰には、秋元さんの「アートとビジネス」の境界での苦闘があったようだ。
自分もアートに投資したいという人への、おすすめの方法を紹介している。
「気に入った作品を選び、そのまま、ずっとオフィスや自宅にその絵を飾っておくのです。そうすれば日々、その作品を楽しむことができるだけでなく、アーティストが認められた暁には、価値がどんどん上がっていきます」
もちろん値上がりするだけでなく、時にはゼロになることもある。それでも自分の好きな作品を買うのがいちばん、と書いている。
第5章は「現代アート鑑賞法」、付録は「注目すべき現代アーティストたち」になっており、これから現代アートを見たい、コレクションしたい、という人の参考になるだろう。また、各章に章末に「まとめ」と「キーワード」が載っているので、忙しいビジネスパーソンにはありがたい。
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