読むべき本、見逃していない?

1994年、日本の展覧会が決定的に変わった!

美術展の不都合な真実

 若冲展やフェルメール展など、近年、大型美術展の人気が高まっている。国宝阿修羅展のように一会場で100万人近くを集客することも珍しくない。本書『美術展の不都合な真実』(新潮新書)は、過熱する人気展の意外な裏事情を、長年企画や運営に関わった元担当者がわかりやすく解説したものだ。コロナ禍明けに、再び展覧会に出かけようと思っている一般ファンには大いに参考になりそうだ。

国際交流基金や朝日新聞社で展覧会事業に関わる

 著者の古賀太さんは1961年生まれ。九州大学文学部卒。現在は日本大学芸術学部教授。専門は映画史、映像やアート・ビジネス。訳書に『魔術師メリエス』、共著に『戦時下の映画』などがある。

 教えている学生たちが毎年末、東京・渋谷のユーロスペースで自主企画「日藝映画祭」を開いている。「映画と天皇」「スポーツの光と影」「朝鮮半島と私たち」などタイムリーな特集が多いので、毎回マスコミで話題になっている。

 古賀さんは映画のみならず美術とのつながりも長い。フランス留学や大学院を経て、最初は国際交流基金に入り、そこで約5年半、日本の美術を海外に紹介する仕事などをしていた。その後、朝日新聞社に移り、文化企画部門に10数年間在籍。外国映画祭の日本での開催や、フランスなど海外の美術館から作品を借りて国内で美術展を開催する仕事などをしていた。編集局文化部で記者として1年半ほど美術担当も経験。2009年に大学教員に転身後も、朝日新聞のウェブメディア「論座」にコラムを書いている。

 そこで「〇〇美術館展はもういらない」という一文を発表したのが本書執筆のきっかけになった。本書の担当編集者がたまたま読んでいたのだ。最初に送られてきた執筆依頼の手紙には、すでに目次案も付いていたという。美術に詳しい人だったようだ。新潮社は「芸術新潮」を出している出版社でもある。

表も裏もわかっている

 古賀さんは、自身の経歴を振り返り、「展覧会については表も裏もわかっているつもりだ」と自負する。それは古賀さんのみならず、国公立の美術館や博物館に勤めている学芸員や研究者、大手マスコミの事業部にいた人間なら、誰でも知っている、とも。ところが誰も触れない。「理由は簡単で、そこには美術館にとってもメディアにとっても知られたくない『不都合な真実』があるからだ」「私はこの本でその『真実』をわかりやすく説明したいと思う」と前置きしている。本書は以下の構成。

 「第1章 混雑ぶりは『世界レベル』の日本式展覧会」
 「第2章 なぜ『〇〇美術館展』が多いのか」
 「第3章 入場料1700円の予算構造」
 「第4章 明治以降の展覧会と平成型展覧会」
 「第5章 ミュージアムとは何か」
 「第6章 学芸員の仕事と『画壇』の存在」
 「第7章 本当に足を運ぶべき美術館はどこか」
 「第8章 スペクタクル化する展覧会」

 日本の美術館では「常設展」ではなく「特別展」の入場者が多い。後者はたいがい新聞社などのマスコミが主催している。「不都合な真実」の象徴として、「国立館がマスコミ主催の企画展をする場合、基本的に国立館が予算を出す必要はまったくない」ことを挙げている。館によって濃淡の差はあるが、両者は「持ちつ持たれつ」の関係なのだ。その歴史的経緯や展覧会の複雑な仕組み、収益を上げるための様々な手口や工夫についても詳しく説明している。

「バーンズ展」がすべてを変えた

 日本における大型展の分岐点になったのは1994年に国立西洋美術館で開かれた「バーンズ・コレクション展」だという。米国バーンズ財団が所蔵するフランス美術品が、建物の改修のために初めて海外へ貸し出された。入場者107万人を超える大成功。主催マスコミは読売新聞社。借用料5億円といわれたが、収益を上げることができた。

 古賀さんは当時「バーンズ」の次に西洋美術館で開催する「アーヘン市立ズエルモント=ルートヴィヒ美術館所蔵 聖なるかたち:後期ゴシックの木彫と板絵」を担当していた。「バーンズ」の長大な行列を横目に、西洋美術館に打ち合わせで通ったが、「アーヘン」は11万人しか入らず、寂しい思いをしたという。

 古賀さんによると、「バーンズ」は、読売より先に朝日にオファーがあったそうだ。当時の朝日の担当部長は法外な額の借用料にひるみ、ゴーサインを出せなかったという。高い借用料を払っても、大量動員できれば儲かる――「バーンズ」の成功を見てテレビ局なども大型展の主催に参入するようになる。マスコミと展覧会の関わり方が、従来の社会貢献やメセナ的なものから「ビジネス」「事業」に大転換するきっかけになった。その結果、集客のための「大宣伝」と、会場の異常な混雑が常態化したと見る。

 こうした「大当たり」の展覧会だけ見ていると、主催マスコミは稼いでいるようにも思える。美術評論家などの中には、そのような見方をする人もいる。しかし、古賀さんの「アーヘン」が不調だったことからもわかるように、「人件費や管理費まで計上し、10年単位で計算したら少なくとも新聞社はすべて赤字なのではないか」と記している。

辛口の提言も

 展覧会の仕事から離れて古賀さんは、かえって頻繁に美術展に行くようになったという。本書の「第7章」では、この10年ほどの間に、東京周辺で開かれた展覧会の中から、古賀さんが高く評価するものを列挙、担当学芸員の努力を称えている。

 また、日本の美術館博物館はどうあるべきかについても、立場を離れたからこそ言える辛口の提言が掲載されている。とくに「特別展」ではなく「常設展示」の充実を強く訴えている。もっともそれは、国の文化政策や、文化予算、行政の在り方が相当大転換しないと難しそうだが。

 冒頭、古賀さんは本書を書くことで「美術館や博物館や展覧会関係者を貶めたいわけではない」と断っている。書き終えて多少心配になったのか、「おわりに」では、「かつての同僚や先輩や後輩は不愉快に思うかもしれない。あるいは知り合った多くの美術館、博物館の学芸員の友人たちも『そこまでばらさなくても』というだろう」としつつ、「それでもあえてこの本を書こうと思ったのは、展覧会を見に来る大勢の観客の方々にもっと展覧会のことを知って欲しい、その楽しみ方を学んで欲しいと思ったからだ」と記している。

 日本はアジアのはずれに位置しているにもかかわらず、世界の名品や文化遺産を、かなり頻繁に見ることができる国だ。それは、よく言えば長年の「官民協力」「日本型展覧会方式」の結果でもある。欧米の美術館や博物館とは異なる特別展システムが出来上がっている。だが、そのことが、日本の美術館や博物館の本来の在り方をゆがめ、「世界標準」からずれた状態にしているというのが、長年関わった古賀さんの痛切な思いだ。

見たかった百済観音

 コロナ禍で多数の展覧会が中止や中断を余儀なくされている。本書の見方によれば、関係する事業者、とくに主催マスコミは大打撃を受けていることだろう。皮肉なことに美術館や博物館側の痛手は相対的に少ないはずだ。評者が楽しみにしていた東京国立博物館の特別展「法隆寺金堂壁画と百済観音」も中止になった。

 同展のホームページは5月末現在、まだネット上に残っている。そこには計画されていた展示空間の動画が掲載されている。なかなかの力作だ。関係者の無念の思いがしのばれる。金堂再現壁画に囲まれてうつむき気味の百済観音。実際の法隆寺での展示とは異なるが、こうした組み合わせができるのも特別展ゆえだろう。一人の観客として、「見たかった」との思いが改めて募る。

 BOOKウォッチでは関連で多数の書籍を紹介している。『博物館と文化財の危機』(人文書院)は「稼げない博物館」は存在意義がないのか? という現場の声を伝えている。政治や文化行政は古賀さんの思いとは逆方向に進んでいることがわかる。ルーブルや大英博物館が、エジプトなどから考古文化財の返還を要求されていることはよく知られているが、『文化財返還問題を考える』(岩波ブックレット)は、日本も類似の問題を抱えていることを教える。そのほか、『百貨店の展覧会』(筑摩書房)、『文化財分析』(共立出版)、『日本美術の底力』(NHK出版新書)、『美意識の値段』 (集英社新書)、『私の美術漫歩』(生活の友社)、『岩佐又兵衛風絵巻の謎を解く』(角川選書)、『阿修羅像のひみつ』(朝日新聞出版)、『「江戸大地震之図」を読む』(角川選書)、『いちまいの絵』(集英社新書)、『直島誕生』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)なども紹介している。

  • 書名 美術展の不都合な真実
  • 監修・編集・著者名古賀太 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2020年5月20日
  • 定価本体760円+税
  • 判型・ページ数新書判・224ページ
  • ISBN9784106108617

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