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戦国時代の「悪人」松永久秀は理想の武将だった!

じんかん

 仕えた主人を殺し、天下の将軍を暗殺し、東大寺の大仏殿を焼き尽くす――この「三悪」を犯した戦国時代の「悪人」として知られる武将・松永久秀。本書『じんかん』(講談社)は、これらのエピソードを新しく解釈し、まったく別の人間像を創り上げた。今村翔吾さん2回目の直木賞候補作である。

最後は織田信長に反旗

 『日本史小辞典』(山川出版社)によると、松永久秀(1510-77)は、「戦国期の武将。大和国信貴山城(現、奈良県平群町)・多聞山城(現、奈良市)の城主。三好長慶の家臣となり、1559年(永禄2)以後大和を領国とし、多聞山城に拠った。64年長慶が死ぬと三好三人衆とともに実権を握り、翌年三好政権と対立する将軍足利義輝を暗殺。しかし三人衆と不和となり抗争を続けるうち、67年には東大寺大仏殿を焼失させた。68年織田信長が入京するとこれに従ったが、71年(元亀2)武田信玄を通じて離反。73年(天正元)降伏し、多聞山城から信貴山城に移った。77年再び反信長の兵をあげだが失敗、信貴山城で自殺」となっている。

少年期を大胆に創作

 この記述のどこに新解釈を生む余地があるのか。民を想い、民を信じ、正義を貫こうとした理想の武将像を創り上げるために、作者はわかっていない少年期を大胆に創作する。

 多聞丸というリーダーに率いられた少年少女の夜盗団と遭遇した孤児の九兵衛という少年が主人公となる。兵法者に守られた足軽の集団を襲い、多聞丸や仲間を失う。九兵衛は弟の甚助、日夏という少女とともに寺にかくまわれる。

 武士のいない世の中をつくろうという阿波の武将・三好元長が寺のスポンサーで、寺は元長の情報収集の拠点だった。理想の実践に尽くしたいという九兵衛に住職は「人間(じんかん)」という言葉をつぶやく。「にんげん」と読めば一個の人をさすが、「じんかん」とは人と人が織りなす間。つまりこの世という意味だ。この世の何たるかを知るために、住職は堺へ行き、元長と対面する日を待てと告げる。

 三好氏は阿波の豪族だったが、細川氏に仕え勢力を伸ばしていた。阿波から畿内に進出するため、堺を拠点にしようと考えた元長は、堺を商人の自治都市とするため九兵衛に牢人500人を集めよ、と命じる。そして「松永九兵衛久秀」の姓名を与える。

 柳生家との出会い、追いつめられた足軽集団を率いての人質奪還の戦闘を経て、九兵衛らは三好家から「堺衆」と呼ばれる武装集団となる。そして、元長の死後、その遺志を受けて久秀は阿波の三好家の末席に加わる。元長の嫡男、長慶の祐筆となり、一家に食い込む。

 成り上がりの久秀に対する三好三人衆の反発は強く、理想の実現は遠いものに思われた。久秀は弟にこうつぶやく。

 「本当のところ、理想を追い求めようとする者など、この人間(じんかん)には一厘しかおらぬ。残りの九割九分九厘は、ただ変革を恐れて大きな流れに身をゆだねるだけではないか」

織田信長が語った久秀の半生

 自分がその一厘たらんと、久秀の戦いは続く。細川家や三好三人衆、そして織田信長......。本書は、1577年(天正5)、天下統一に邁進する織田信長に忠誠を尽くしていたはずの久秀が、二度目の謀反を企てたという急報から始まる。そして信長が、久秀から直接聞いたという壮絶な半生を小姓に語り出すという設定で進行する。

 信長の眼には、久秀は天下統一の露払いをしてくれた人物のように映っていたと設定されている。「三悪」を覆す新解釈も信長が語るという格好なので、それなりに説得力もある。

 久秀の前半生はよくわかっていない。本書では京に近い村の商人の息子ということになっている。そのためか、武士以外の人間への共感が全体を貫いている。

 久秀については冒頭に引用した『日本史小辞典』などの記述が、史実とされている。そこに「人間愛」という視点を導入し、いたかもしれない武将像を創り上げた作者の力量に感服した。

 今村さんは1984年京都府生まれ。2017年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビューし、同作で第七回歴史時代作家クラブ賞・文庫書き下ろし新人賞を受賞。「羽州ぼろ鳶組」は大ヒットシリーズとなり、第4回吉川英治文庫賞候補に。18年「童神」(刊行時『童の神』に改題)で第十回角川春樹小説賞を受賞、同作は第160回直木賞候補となった。『八本目の槍』で第41回吉川英治文学新人賞を受賞。他の文庫書き下ろしシリーズに「くらまし屋稼業」がある。

 BOOKウォッチでは、松永久秀と織田信長の関係について『信長の原理』(株式会社KADOKAWA)で取り上げている。久秀は信長の数少ない理解者だったがゆえに反旗を翻したというのだ。信長と明智光秀について『図説 明智光秀』(戎光祥出版)、 足軽の実態について『戦乱と民衆』 (講談社現代新書)など関連書を紹介済みだ。

  


 
  • 書名 じんかん
  • 監修・編集・著者名今村翔吾 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2020年5月25日
  • 定価本体1900円+税
  • 判型・ページ数四六変型判・509ページ
  • ISBN9784065192702
 

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