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残虐非道は信長ではなく光秀だったかも

  • 書名 図説 明智光秀
  • 監修・編集・著者名柴 裕之 編著
  • 出版社名戎光祥出版
  • 出版年月日2018年12月15日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数A5判・159ページ
  • ISBN9784864033053

 NHK大河ドラマは、東京五輪に照準を合わせた「いだてん」が始まったところだが、それが走り抜けたあとの2020年には「麒麟がくる」。舞台は久々に戦国時代となり、謎が多い武将、明智光秀にスポットが当たる。"地元"の各地ではすでに波及効果への期待が高まり、出版界でも新たな企画や、過去の関連書籍の掘り起しが始まっているという。

 光秀といえば、主君・織田信長のパワハラにキレて「本能寺の変」に及んだものの「三日天下」で主役の座から追われたとされる。その人物像というと、信長と対照的な「常識人」として描かれることが多い。ところがブームに先んじて先月刊行された最新刊『図説 明智光秀』(戎光祥出版)によると、どうもそうではないらしいのだ。

「燃えゆく本能寺、逆臣への道」

 天正10年(1582年)6月に起きた「本能寺の変」は、中国征討支援に向かった光秀が出陣の途中から引き返し、京都・本能寺に滞在中の信長を襲撃。わずかな手勢しか連れていなかった信長側は対抗しきれず寺に火を放ち、信長は自刃に追い込まれたというもの。

 この「謀反」については確かな理由が分かっておらず「日本史の謎」とされ、羽柴秀吉が出陣先の備中国高松(岡山市)から考えられないような速さで駆けつける「中国大返し」を演じて、信長の後継者におさまったことなどから、さまざまな筋書きの陰謀論なども唱えられている。

 本書では、この「本能寺」をめぐる動きを第3章「燃えゆく本能寺、逆臣への道」としてハイライトのパートとして配置。その前段の第1章「才略を尽くし、坂本城主へ」で信長との出会いから家臣となる過程を追い、第2章「激動の丹波攻めとその経営」では武功ばかりか経営の才でも能力を発揮し存在感を増すことが分かる。

 第4章は「光秀を支えた一族と家臣」。細川忠興の妻となった三女、玉子(ガラシャ)など悲運だった子どもたちや、その娘の福がのちに徳川家光の乳母「春日局」となったことでも知られる家臣、斎藤利三や、光秀を歴史の表舞台に押し上げた細川藤孝を取り上げている。終章第5章は「光秀の伝説と史跡をめぐる」。「本能寺の変」の謎を解くカギの一つに、事件前に光秀が詠んだ「連歌」があるが、その妙技などについて触れている。

見直される信長像に合わせ...

 「本能寺の変」で、可能性が指摘される「陰謀」論の一つに、徳川家康が絡んだ「クーデター」だったというものがある。春日局が家光の乳母に抜擢されたのは、実行役を務めた光秀への報いだったとされる。また、家康が絡んだ陰謀論などでは、光秀は、本能寺の変のあとは影武者をたてて隠棲して生き延び「南光坊天海」となり、家康のブレーンとして権勢をふるったという伝承もある。

 本書によればこの伝承がいつから語られ始めたのか確かではない。こうした伝承が生まれるのは、光秀の前半生が謎だらけで、信長の家臣になる前後からその存在は確かなものになるものの、伝えられ方はあくまで信長中心で、実像が確定的でないことが一因とみられる。

 これまで、光秀の人物像といえば、革新的な信長についていけなかった「常識人」という印象が根強いと著者。信長については近年、「革新的」「残酷」といった評価に対し疑問が示され、また、対立していたとされる将軍足利義昭との協調、朝廷と積極的に対話する姿勢、既存の秩序を重視する統治を模索してきた形跡がみられるなど、従来の信長像がかわってきている。となると、信長と対極的とされる光秀のキャラクターも従来どおりではなかろうというわけだ。

写真や図表ふんだんに立体構成

 信長の時代のことでしばしば引用される、イエズス会宣教師ルイス・フロイスによる当時の日本の情勢報告書「日本史」には、光秀について「刑を科するに残酷で、独裁的でもあったが、己れを偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とし、忍耐力に富み、計略と策謀の達人であった」とあるという。

 こうした"証言"や史料をもとに著者は、信長の残忍さを示す事件とされる比叡山の焼き討ちなどで、苦悩、葛藤したとされる光秀だが実は、比叡山の焼き討ちやさまざまな合戦、攻撃で止めに入った形跡はみられず一貫して信長に協力していたと説明。「信長とその出世頭・謀反人となった光秀には、意外なほど共通点が多い。通説の信長像に集中していた残虐的要素は、新たな信長像が見いだされ、光秀の業績が明らかになるほど、光秀の関与によるところが大きかったことがわかってくるのである」という。

 本書は、タイトルが示す通り、写真や図表のほか、いまに伝わる武将らの肖像画をふんだんに使って解説する立体的構成。2つの見開き計4ページによる、近江~琵琶湖、京都〜丹波の俯瞰図では、本能寺や坂本城、安土城など「本能寺の変」の関係各所や、のちに光秀が秀吉を迎え撃つ山崎、天王山などの位置関係がよくわかる。

 著者の柴裕之さんは、戦国・織豊期の政治権力と社会についての研究を専門とする歴史家。1973年東京都生まれ。2002年東洋大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学、同大学文学部非常勤講師、千葉県文書館県史・古文書嘱託を務める。著書に『戦国・織豊期大名徳川氏の領国支配』(岩田書院)『徳川家康―境界の領主から天下人へ―』(平凡社)など。

 J-CAST BOOK ウォッチではこれまで、本能寺の変や、織田信長について、『信長はなぜ葬られたのか』(幻冬舎)『信長の原理』(KADOKAWA)『陰謀の日本中世史』(KADOKAWA)『有楽斎の戦』(講談社)を紹介している。また、姉妹サイトでは以前に、光秀の子孫が様々な書籍や資料を基に本能寺の変に関する考察をまとめた『本能寺の変 431年目の真実』(文芸社)をとりあげている。

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