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中国人が初対面の人に平気で年収を尋ねるワケ

中国人のこころ

 中国からの旅行者、留学生がおおぜい日本に来ている。東京など大都市にいれば彼らを見かけない日はないほどだ。本書『中国人のこころ』(集英社新書)は、中国人のあいさつや人の呼び方など、「ことば」からものの考え方や価値観を探った本だ。著者の小野秀樹さんは東京大学大学院総合文化研究科教授で専門は現代中国語の文法論。NHKの中国語ラジオ講座講師を務めたこともある。日本人とはその異なる発想に「へえー」と驚くことばかりだ。

 小野さんは中国人の若い友人と帰省先の農村を訪れたときの違和感から書き出している。明るい礼儀正しい青年なのに、全員が中国語で話しているときは、決して小野さんに「ありがとう」に相当する中国語を言わなかったのだ。日本語で話しているときは、よくお礼を言う人なのに、と不審に思ったという。日本語から中国語にモードが切り替わったときに相手が豹変するケースはほかにもあり、彼らに悪意や作為はないのに、なぜ? という疑問への回答が本書ということになる。

 中国語の代表的なあいさつは「ニーハオ」とされているが、決して日本語の「こんにちは」と同じではないという。親しい友人や日常会う知人には使わないのが普通だ。あいさつすべき基準や意識が中国と日本では異なるのだ。「ニーハオ」を使うのは名前を知らない顔見知りや初対面の人に限られる。「身内」には使わない。中国人は「これから関係を持つ人との間で良好な雰囲気を生み出すことに意を注ぐ」と、小野さんは未来志向の意識をみる。

 また「身内」の概念も広く、家族、親戚のほか、友人・知人を含む広がりを持つという。冒頭のエピソードに戻ると、小野さんの若い友人にとって小野さんは「身内」だったので、「シェシェ」と言わなかったのだ。「私のものは君のもの、君のものは私のもの」という一種の自己同一化の意識が中国人にはあるという。

 本書では、日本人がよく使うやりとりに中国人が違和感を持つ例も多く紹介されている。たとえば「お疲れ様でした」。日本語を話せる中国人の団体客にバスガイドがそう声をかけると、全員が「いえ、疲れていません」「私は大丈夫です」などと返答したという。単なる定型の決まり文句ととらえず、意味を持ったやりとりと理解したから、皆そう反応したのだ。

 「いつもお世話になっています」も中国人にとって悩ましい表現だという。「お世話になっているのは、むしろこちらの方だ」「私はあなたに何か特別なお世話をした覚えは無い」という思いが巡り、複雑な気持ちになるそうだ。抽象的かつ形式的な物言いは中国ではきわめて乏しい、と小野さんは書いている。

 反対に中国人の発話に日本人が驚かされるケースもある。初対面の人に相手の給与や年収を尋ねることは珍しくない。未婚か既婚か、子供の有無に次いで話題になるそうだ。重要なのは金額という「数値」であり、相手の属性を知る上で有益な情報になるという実利主義がある。そうした現実主義は儒教からの伝統もあるのでは、と小野さんは推測する。

 「かたちあるものを尊重する」「自分自身で判断し実利を求める」という価値観は中国伝統のものだという。そうした人たちとどう付き合っていくのか、簡単ではない、と思った。

 本書は横書きで、中国語が「ピンイン」(発音記号)付きで表記されているが、中国語をまったく習っていない人が読んでも十分理解できる。   

  • 書名 中国人のこころ
  • サブタイトル「ことば」からみる思考と感覚
  • 監修・編集・著者名小野秀樹 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2018年12月19日
  • 定価本体860円+税
  • 判型・ページ数新書判・254ページ
  • ISBN9784087210583
 

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