左手の中指が一部欠損している。過去に全身やけどの大怪我をしたこともある。本書『国家と移民――外国人労働者と日本の未来』 (集英社新書)を書いた鳥井一平さんは、お堅い新書の著者としては異色の人だ。
いわゆる「研究者」ではない。30年にわたって日本各地で劣悪な条件で働く外国人を支援している。その活動が評価され、2013年には、日本人では初めてアメリカ国務省から「人身売買と闘うヒーロー」として表彰された。19年にはNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」にも登場した。
もう少し詳しく鳥井さんの紹介をしよう。1953年、大阪府生まれ。特定非営利活動法人移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)代表理事。全統一労働組合外国人労働者分会の結成を経て、外国人春闘を組織化し、外国人労働者サポート活動を続けている・・・。
25歳から11年間は、プラスチック成型工場の現場労働者だった。三交代で時には昼夜連続勤務。月間100時間超の残業をこなしたこともある。その間に、作業事故で指を欠損した。
労働運動に関わる中で、外国人労働者から相談を受けるようになる。とりわけ1991年、バングラデシュ出身のラナという青年と出会ったことが大きかった。小さな町工場で働いていたラナは作業事故で右手の指三本を失っていた。ラナはオーバーステイ(超過滞在)だった。しかし、鳥井さんは「オーバーステイでも労災保険は適用される」と経営者と交渉、裁判で勝利的和解を勝ち取った。
この話が外国人労働者の間で広まり、いろいろな相談が持ち込まれるようになる。92年には「全統一労働組合外国人労働者分会」を組織化した。パキスタン、イラン、バングラデシュの20人が参加した。その後、参加者が増えて、あっという間に400人規模に膨らんだ。勤め先は金属プレス、プラスチック、メッキなどの零細製造業。日本人が定着しない仕事がほとんどだ。93年には外国人春闘を組織化した。「外国人分会」には今4000人が参加しているという。
本書では鳥井さんが関わったさまざまな「事件」が出てくる。
・「岐阜事件」――残業代は時給300円。月の労働時間は400時間超。基本給の半分以上は管理団体がピンハネ/経営者によるセクハラも。 ・「銚子事件」――パスポート取り上げ/借金でしばる「保証金制度」も日本側がつくらせた/恋愛・妊娠・出産禁止・・・
極めつけは、鳥井さん自身のやけど事件。93年12月のことだ。バングラデシュ人の労働者から、未払い賃金をなんとかしてほしいという相談があった。彼の勤め先の会社の社長と交渉したが、うまくいかない。結局、裁判所が仮差し押さえを決定した。
そこで鳥井さんも裁判所の執行官と会社に行き、差し押さえに立ち会った。そのとき、なんとその会社の社長が鳥井さんにガソリンをかけ、火をつけたのだ。全身に大やけど。救急車で病院に運ばれた。都立病院の救命センターに転院し、二か月の入院治療が続いた。両足には皮膚移植手術も受けた。
経営者が交渉の席で暴力的な対応をすることはそれまでも経験していた。しかし、火をつけられるというのは予想外だった。裁判では、「このような仕事をしている私としては、量刑ではなく、この場で社長に謝ってほしい。それを望むだけ」と述べたが、社長は実刑判決を受けた。
事件から27年たった今も両足に潤滑のクリームを塗らなければならない。後遺症がある。しかし、思いがけない効果もあった。このやけどの傷に加えて、指の欠損も見せると、労災などで相談に来る外国人労働者の信頼が一段と高まるという。体を張って闘ってきた証拠だ。
本書は「第一章 外国人労働者をめぐる環境」「第二章 外国人労働者奮闘記――モノ扱いが横行する現場」「第三章 『外国人』労働者受け入れ政策の歴史」「第四章 これからの移民社会」という構成。
日本では2019年段階で、外国人労働者が166万人。同年4月には改正「出入国管理及び難民認定法」が施行された。在留資格「特定技能」による外国人労働者の受入れも始まり、今後さらに増えることが確実視されている。
ところが、外国人労働者を低賃金で働かせ、虐待するような事件が後を絶たない。こうした「奴隷労働」が続く背景には、日本政府の欺瞞がある、と鳥井さんは告発する。
少子化、高齢化で日本は彼らの労働力を必要としているのに、今の政府は「特定の人々」の反発を恐れて、正当に就労できる在留資格「ビザ」を作ろうとしない。過去40年を振り返ると、初めのころは観光ビザで来日してオーバーステイ、今では技能実習生や留学生など、就労目的以外のビザで入国して働いている労働者が多い、おかしいではないか、というわけだ。
たとえばオーバーステイは、ピーク時の1993年には約30万人いた。これは国が「黙認」していたことにほかならないと見る。バブル期の日本人労働力の不足を補う格好になっていた。「留学生」の労働は、先進諸国では厳しく規制されているケースが多いが、日本は緩い。週に28時間まで働けるようにしている。もはや「バイト」ではない。技能実習生に何の技能も教えず、単純労働でこき使っているケースも少なくない。帰国後に、日本で学んだ技能を生かしているか、日本政府の関係機関がアンケート調査を試みたが、回収率は17%にとどまった。まともな調査ができていない。
この「留学生」と「技能実習生」が現在の「外国人労働者」の4割以上を占めている。日本の外国人労働者は、存在自体が「偽装」されている、というわけだ。さらに安倍政権では用語も変わったそうだ。外国人労働者という文言を排し、「外国人材」に置き換えているのだという。
こうした日本の現状は、海外から批判されている。2007年にはアメリカ国務省の「人身売買年次報告書」で、08年からは国連の人権機関からもほぼ毎年、かなり厳しく指摘されているという。特に「技能実習制度」は「人身売買・奴隷労働」として悪名高いそうだ。「知らぬは日本人ばかりなり」なのだという。
政府は「移民政策はとらない」と言っているが、実質「移民」がどんどん増えていることを鳥井さんは強調する。しかも8万人近い非正規滞在者がいて、全国で常時1000人以上が入管の収容所での生活を強いられ、劣悪な処遇を受けている。「不法就労」の外国人は、強制送還されるが、雇っていた社長の罪は軽い。アンバランスな状態になっている。
韓国ではすでに国家間をまたぐ「職業紹介」組織があり、雇用される外国人労働者は、韓国人労働者と同じ待遇・条件になっているという。ドイツでは、外国人労働者のドイツ語学習の費用はドイツ政府が出し、ブローカーへの借金をさせない構造ができている。いろいろな意味で日本の外国人労働者に対する対応は遅れていることを鳥井さんは強調する。
本書を読んでの多少の救いは、国家としては日本が、外国人労働者に冷たい国になっているが、行政の現場担当者の中には、誠意をもって対応する人が増えていることなども紹介されていることだ。日本で仕事中にケガをしたイラン人が、母国で労災を受けられるように英語の書類を作ってくれた労基署。女性の研修生に、こっそりセクハラの相談窓口を教えてくれた入管関係者の例などが紹介されている。
コロナ禍の外国人労働者への影響についても言及されている。建設、外食、ホテルなどで雇止めや解雇の相談が続いている。居酒屋、レストランなどで働いてきた留学生も職を失っている。実態に即した救済策が必要だとしている。
BOOKウォッチでは関連本を多数紹介している。『コンビニ外国人』(新潮新書)は日本の外国人留学生27万人のうち、26万人がアルバイトをしていると伝える。『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社)は139人のベトナム人に聞き取りした労作だ。
このほか『日本の「中国人」社会』(日本経済新聞出版)、『〈超・多国籍学校〉は今日もにぎやか!――多文化共生って何だろう』(岩波ジュニア新書)、『団地と移民』(株式会社KADOKAWA)、『ふたつの日本――「移民国家」の建前と現実』 (講談社現代新書)、『移民の経済学』(中公新書)、『外国人の受入れと日本社会』(日本加除出版)、『世界史を「移民」で読み解く』(NHK出版新書)、『移民と日本人』(無明舎出版)、『移民国家アメリカの歴史』(岩波新書)、『移民たちの「満州」』(平凡社新書)、『マッドジャーマンズ――ドイツ移民物語』(花伝社)、『「在日」の相続法 その理論と実務』(日本加除出版)、『無断離婚対応マニュアル――外国人支援のための実務と課題』(日本加除出版)、『声なき叫び』(花伝社)なども紹介している。
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