2020年7月15日に、第163回芥川賞、直木賞の選考会が行われる。候補作が刊行されている直木賞候補作から順に紹介していこう。
トップバッターは直木賞候補になるのが7回目の馳星周さんの『少年と犬』(文藝春秋)。馳さんがデビュー作『不夜城』で第116回直木賞候補になったのが1997年だから、初めて候補になってから23年が経過したということになる。
『不夜城』は新宿・歌舞伎町を舞台にした「ノワール小説」だった。本書『少年と犬』は、人間と犬とのかかわりを描いた短編集。ずいぶんと趣が変わったものだと思い読み進んだが、時折見せる犯罪の影に、この作家独自の世界が垣間見える。
「男と犬」「泥棒と犬」「夫婦と犬」「娼婦と犬」「老人と犬」、そしてタイトルになっている「少年と犬」の6つの短編連作集だ。
犬が主人公と言ってよいだろう。「多門」という犬がすべての作品に登場する。飼い主の不慮の事故や事件によって、飼い主を変え名前を変えて列島を放浪する犬の物語である。
最初の作品「男と犬」の舞台は、東日本大震災から半年後の仙台市郊外。窃盗団の運転手をしている中垣和正は、首輪に「多門」と書かれた犬を拾い、育て始める。被災者と離れ離れになった犬と思われたが、よく躾けられていた。認知症の母は、昔飼っていた犬だと思ったのか元気になり、一家にひととき明るさが戻る。
「守り神」と思うようになった「多門」が、いつも南を向いているのが気にかかった。南には何があるのか、大切な人が待っているのか。この疑問が連作を貫くモチーフになる。
外国人の宝石窃盗団の仕事を手伝うようになる和正。まっとうな仕事に就こうと、これが最後と思った犯行でトラブルに巻き込まれ、命を落とす。犬は窃盗団の一人、ミゲルが連れ去る。
続く「泥棒と犬」では、国外脱出をめざすミゲルとともに長距離トラックに乗せてもらい、新潟へ向かう。幼い頃、貧民窟で育ったミゲルは、「ショーグン」と名付けた犬に守られた記憶があった。新潟に着く途中、ミゲルは首輪からリードを外す。
「おまえが守るべきやつのところへ行け」
こうして、「多門」は南をめざし、列島を放浪する。「夫婦と犬」では、富山県の中年の夫婦に拾われ、「娼婦と犬」では、滋賀県大津市のデートクラブ嬢、「老人と犬」では、島根県の山村の老猟師の下で、それぞれ庇護を受ける。
壊れかけた夫婦は、それぞれ別の名前で犬を呼んでいた。体を売って男に貢ぐ女は、どん底の人生で犬に温もりを感じていた。猟師は、犬に自らの死期を悟った。
そして、最後の「少年と犬」で謎が回収される。岩手県の釜石から熊本へ移り住んだ一家に「多門」は引き取られる。骨と皮だけになりガリガリに痩せた犬は、動物病院でなんとか命を繋ぐ。体に埋め込まれたマイクロチップから、釜石で飼われていた犬だということが分かった。犬はなぜ釜石から熊本をめざしたのか。そして、熊本で大地震が起こる......。
シェパードと和犬の雑種だという「多門」は、行った先々で飼い主をひととき幸せにする。しかし、飼い主は愚かな、あるいは悲劇的な人生ゆえに命を落としてゆく。だからこそ、「少年と犬」での最後の輝きが読者の心をとらえることだろう。
犬が飼い主を変えて全国を旅するという構造の作品だから、一本調子になりかねない。作者はところどころに「ノワール」風の味付けをしたり、どうしようもない人間の愚昧さを描いたりしてテンションを維持している。さすが、直木賞候補7回目の手練れの作である。
馳さんには犬をテーマにした作品がいくつかあり、大の犬好きでも知られる。飼い犬のために長野県軽井沢に別荘を買い、犬の死後は軽井沢に転居したほどだ。そのせいなのか、犬の描写が実にリアルだ。しかも、次の飼い主に出会うまで放浪し、汚れ、痩せさらばえた「多門」が、そのつど生き返る様子に、読者は感動するだろう。犬好きの人なら、涙無しには読むことができない作品だ。
BOOKウォッチでは、馳さんが若き日を描いた自伝的作品『ゴールデン街コーリング』(株式会社KADOKAWA)のほか、犬関連では、南極観測に随行した犬の秘話『その犬の名を誰も知らない』(小学館集英社プロダクション)、『わたしは保護犬モモ―モモの歩んだ365日』(合同フォレスト発行、合同出版発売)、『犬からみた人類史』(勉誠出版)などを紹介済みだ。
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