最近の猫ブームの影響で、日本では犬よりも猫を飼う人が多いという。一般社団法人ペットフード協会の犬猫飼育実態調査では、ペットフードの販売量などのデータから類推して、2017年に猫は952万6000匹、犬は892万匹で、1994年の調査開始以来、初めて猫が犬を上回ったのだ。
とは言え、人間にとって最も身近なパートナーである犬への愛は深く、犬にかかわる多くの本が出ている。本書『犬からみた人類史』(勉誠出版)は、人と犬との関係をめぐって、さまざまな学問領域の叡智を結集した画期的な本である。
人類学、民俗学、動物行動学、生態学、遺伝学、動物考古学、動物心理学、科学史、環境学、狩猟、アートなどさまざまな領域の23人が執筆している。ほとんどが研究者だが、現役猟師の大道良太さんも加わっている。地理的にも日本列島を中心に、東アジア、ヒマラヤ、アメリカ、オセアニア、アフリカ、西ヨーロッパと地球上の広域なエリアをカバーしている。
構成は第1部が「犬革命」、第2部が「犬と人の社会史」、第3部が「犬と人の未来学」となっている。「犬革命」とは何か。本書では、犬との共存、あるいは犬の誕生を、二足歩行の開始、農牧革命、産業革命などとならぶ人類史を画するできごとと位置づけ、「犬革命」と命名する。
どの論文も興味深いが、第1部では第3章「動物考古学からみた縄文時代のイヌ」(小宮孟・国立大学法人総合研究大学院大学先導科学研究科客員研究員)が面白かった。縄文犬の祖先は大陸渡来の外来犬で、遺跡からは埋葬状態で出土することが多いという。多くが歯の前部に損傷をもつことから、歯牙に負担のかかるイノシシ猟に使われたとみられる。また祭祀に使われたと思われる埋葬縄文犬も出土していることから、小宮さんは中国の新石器文化の影響を受けていると推測している。
社会史を扱った第2部では第12章「忠犬ハチ公と軍犬」(溝口元・立正大学大学院社会福祉学研究科教授)が、近代日本で犬をめぐる制度がいかに作られていったかを明らかにしている。ハチが「忠君愛国」を教える教材として修身(道徳)の教科書に採用された頃、日本では1万匹以上の軍犬がいたという。
第3部では第17章「犬を『パートナー』とすること」(濱野千尋・京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程後期)の「ドイツにおける動物性愛者のセクシュアリティ」研究に度肝を抜かれた。ドイツには彼らの任意団体もあり、動物愛護家としての側面もあるという。
本書の企画の出発点は、日本文化人類学会での分科会「文化空間において我々が犬と出会うとき――狗類学(こうるいがく)への招待」だ。編者の一人である池田光穂さん(大阪大学COデザインセンター教授・副センター長)によると、「狗類学」とは「犬(類)による、犬のための、犬自身による」研究という一つの思考実験だそうだ。
勉強会のほかに大阪市内の犬が食べられるレストランで、フルコースを食べるというレッスンをしたという。ちなみに海外で肉食用に育てられた犬の肉を使っているそうだ。
すべての論文にふれることが出来ないのが残念だ。犬についてこんなことまで研究している人がいる、と知ったのは収穫だ。
本欄では『人と馬の五〇〇〇年史』(原書房)、『日本のシカ』(東京大学出版会)なども紹介している。
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