新宿・歌舞伎町を舞台にした小説『不夜城』でデビューした馳星周が、大学時代に内藤陳(1936-2011)が経営するゴールデン街のバー「深夜プラス1」でバーテンのアルバイトをしていたことはよく知られている。
本書『ゴールデン街コーリング』(株式会社KADOKAWA)は、当時の馳と内藤をモデルにしたとおぼしき自伝的小説だ。
北海道の田舎から出てきた坂本は、東京の大学に合格するやゴールデン街のバー「マーロウ」でアルバイトを始める。店主の斉藤顕はコメディアンとして一世を風靡したが、いまはハードボイルドミステリや冒険小説のファンで書評家として知られていた。「日本冒険小説協会公認酒場」と銘打った店には本好きが集まり、客と本談義をする日々は充実していたが、悩みもあった。酒に酔った斉藤の暴言に耐えきれず、すぐに辞めてゆくアルバイトたち。坂本もどうしようかと迷っていたある日、事件が起こる。
ゴールデン街で放火未遂事件が発生、自主的に見回りをしていた知人が何者かに殺されてしまう。犯人捜しを始めるが、酔って店に現れる斉藤との摩擦は深まるばかり。そんな時にオアシスとなるのは、ゴールデン街の他の店のママや歌舞伎町の女性たちだった。
「本の雑誌」の編集者に雑文を認められた坂本は、読書体験特集への寄稿を求められ、掲載される。物書きになる希望。そして、この街と別れを告げる。
自伝的小説とはいえ、ここに登場する斉藤顕と実在の内藤陳を同一視していいのか、当時の店の雰囲気を知る評者としては悩ましい。それほど、酔った斉藤の言動はひどいもので、正直、ここまで書くかというほど著者は手厳しい。もちろんこれは、フィクションとして理解すべきだろうが。
主人公は傷つき、アルバイトがはねた後に他の店に行き、朝まで飲むシーンがたびたび出てくる。迷路のようなゴールデン街はまた、人と人との関係が濃厚な街でもあった。作中、船戸与一、目黒考二ら作家が実名で登場するほか、実在の店や人物が名前を変えて多数出てくる。そんな楽しみもある。
著者の馳はずいぶん前から住まいを軽井沢に構え、東京とも距離を置いている。作中、坂本が後日談としてゴールデン街を訪れる。外国人観光客が路地にあふれ、カウンターが彼らに占領されている店も多い。すっかり変わってしまった街になっていた。
著者最初で最後の「自伝的青春小説」には、あの街が熱かった頃の雰囲気と人々が活写されている。
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