第163回芥川賞は、高山羽根子さんの「首里の馬」と遠野遥さんの「破局」のダブル受賞となった。選考会の前に単行本が出ていた「破局」は、BOOKウォッチでも紹介済みだ。「首里の馬」が、7月27日(2020年)に発売されたので取り上げたい。
高山さんは1975年富山県生まれ。多摩美術大学美術学部絵画学科卒。2010年「うどん キツネつきの」が第1回創元SF短編賞の佳作に選出された。同年、同作を収録したアンソロジー『原色の想像力』(創元SF文庫)でデビュー。16年「太陽の側の島」で第2回林芙美子文学賞受賞。「居た場所」、「カム・ギャザー・ラウンド・ピープル」でこれまでに2回芥川賞候補になっていた。3回目の候補での受賞となった。
本書『首里の馬』(新潮社)は、沖縄県の那覇市が舞台。主人公の未名子は沖縄の資料を集めた古びた郷土資料館に中学生の頃からずっと出入りし、ボランティアで資料整理を手伝っている。在野の民俗学者の女性がひっそりと運営する施設。ほとんどが紙の資料だが、ほかにも植物の押し花、昆虫の標本、ガラス乾板、人骨の欠片などがあった。雑多な資料を整理する中で、沖縄の歴史や文化に興味を持つ。
整理作業を始めてしばらくたった頃から、未名子は自分のスマートフォンで資料の写真を撮るようにしていた。インデックスカードとそれが対応している資料を交互に撮影して、画像データを蓄積していった。
一方、未名子は、世界の果ての遠く隔たった場所にいるひとたちにオンライン通話でクイズを出題するオペレーターの仕事をしていた。顧客はみな外国人だが日本語が堪能で、クイズのやりとりの合い間にかわす雑談が息抜きに。たった一人のオフィスに通い、時間も自由な仕事を気に入っていた。
ある台風の夜、沖縄在来種の宮古馬が庭に迷いこんだことから、未名子の日常はしだいに変化していく。沖縄の伝統的な「琉球競馬」は、速さではなく美しさを競う。小さな宮古馬を調教し、乗れるようになる。馬に乗って散歩する場面が幻想的に描かれる。
資料館が取り壊されることになり、未名子は撮りためた膨大な画像データをある方法でアーカイブに保存することを思い立つ。この場面が感動的だ。
小説では、彼女の両親はどちらも関東出身だが沖縄に移り住んだという設定になっている。沖縄で生まれ育った未名子だが、話すのは関東の言葉だ。
沖縄を描いた小説と言えば、沖縄の人がその苦難の歴史や独特の風土を描いた作品が多い。「内地」出身の人が沖縄を描き、受賞したことに沖縄では好意的な反応が多いようだ。沖縄の地元紙である琉球新報は、「物語の背後に明治政府による琉球併合以降、沖縄が歩んだ苦難の歴史がある。沖縄戦で損壊した那覇・首里の街も描かれている。戦禍によって島の歴史を刻んだ多くの記録が失われた。『資料館』の収集品は記録の断片なのだろう。資料館の取り壊しに伴い物語の終盤、記録することの意義が浮かび上がる」とコラムで紹介している。
受賞会見で、画家でもある高山さんは「字で書ききれないことを絵で描き、絵で描ききれないことを字にしてきた」と語った。本書にもこんな描写がある。
「このオレンジと白の独特な屋根の色模様が南国特有の景色に溶け込んで、うまいこと風情をかもしだしていた。 ただ、首里周辺の建物の多くは戦後になってから昔風に新しく作られたものばかりだ。こんなだった、あんなだった、という焼け残った細切れな記録に、生き残った人々のおぼろげな記憶を混ぜこんで再現された小ぎれいな城と建物群は、いま、それでもこの土地の象徴としてきっぱり存在している」
こう描かれた首里城は、執筆中に炎上する惨事があった。それだけに「作品をちゃんと仕上げなければいけない」と思ったそうだ。
沖縄へ旅行する前に読んでみたい一冊だ。観光客が往来する華やかな大通りから一歩入ったところにある、重層的で魅惑的な街のたたずまいが見えてくるだろう。
BOOKウォッチでは、やはり沖縄を舞台に第160回直木賞を受賞した真藤順丈さんの『宝島』(講談社)、首里城の歴史にかんして『琉球王国の象徴 首里城』 (新泉社、シリーズ「遺跡を学ぶ」145) 、首里城の火災を記録した『報道写真集 首里城』(沖縄タイムス社)を紹介している。
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