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立法の最終の担い手 ―― 選択的夫婦別氏制導入の例(第33回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

はじめに

 前回(連載第32回 新型コロナウイルス感染問題)は、新型コロナウイルスの感染がこれまでに経験したことのない事態となっており、憲法・国法秩序において、このことに関連した問題を考えないで放置しておけないと思い、とりあげました。しかし、異常な事態は、全世界に浸透しており、この先、容易に解消されるわけではないし、日本の法秩序としても、実情に照らして、難しい問題をいろいろ検討せねばならないことを知りました。そこで、もう少し時の経過を待ち、再度取り上げるべきだと約束した次第です。 今回は、休止したテーマに戻って、考えることにします。

1 立法裁量論の意味

 前々回(第31回 家族法についての見直しと改正)の本欄最後の箇所で、最高裁判所が立法裁量の問題としていることの意味について、もう少し説明を要するとして、次回の課題を示しながら終わりました。そこで、まず立法裁量の意味について検討することにします。

 最高裁判所は、夫婦同氏制を定める民法750条の合憲性を判断した際、その制度の在り方は、国会で論ぜられ、判断されるべき事項にほかならないと結論しています(注1)。これを、最高裁判所による立法裁量論の採用だととらえております。

(注1)最大判平成27年12月16日民集69巻8号2586頁。戸松=初宿、憲法判例第8版のⅢ-3-16参照。

 ここにいう立法裁量論とは、問題の解決が立法府の裁量に委ねられるべきこと、あるいは、立法政策の問題だとして、裁判所自らの決着を回避する判断手法のことを指しています。この手法は、最高裁判所だけでなく下級審裁判所でも、対象としている憲法問題を含んだ訴訟・事件でよく採用されますが、夫婦同氏制の合憲性を争う訴訟に対してこれ採用することが納得のいくものか、その採用根拠に説得力があるのか、考える必要があります。

 注目している大法廷の意見は、この問いに関連して次のように判示しています。すなわち、上告人は、「夫婦同氏制を規制と捉えた上、これよりも規制の程度の小さい氏に係る制度(例えば、夫婦別氏を希望する者にこれを可能とするいわゆる選択的夫婦別氏制)を採る余地がある」との指摘をしているが、これに対して、「そのような制度に合理性がないと断ずるものではない」と、最高裁判所は答えています。さらに、「夫婦同氏制の採用については、嫡出子の仕組みなどの婚姻制度や氏の在り方に対する社会の受け止め方に依拠するところが少なくなく、この点の状況に関する判断を含め、この種の制度の在り方は、国会で論ぜられ、判断されるべき事柄にほかならないというべきである」と結論しています。

 これに、寺田長官の補足意見が次ように論じているところも、注目させられます。すなわち、「本件で上告人らが主張するのは、氏を同じくする夫婦に加えて氏を異にする夫婦を法律上の存在として認めないのは不合理であるということであり、いわば法律関係のメニューに望ましい選択肢が用意されていないことの不当性を指摘し、現行制度の不備を強調するものであるが、このような主張について憲法適合性審査の中で裁判所が積極的な評価を与えることには、本質的な難しさがある」と。

 確かに、ある法制度については、どのような方式がよいのか、考えられるメニューについての選択が必要となり、その判断をするのが法制定権限を憲法上与えられている国会、すなわち立法府であるといえます。つまり、司法権の担い手である最高裁判所の役割ではありません。しかし、その訴訟で問われているのは、氏の制度において、選択的夫婦別氏制度をも取り入れておけば、女性差別や結婚できないという婚姻の自由の侵害が生じないのに、それを怠った立法府の行為が違憲だと問われており、この人権の侵害を救済する司法権の役割が求められていることに焦点を当てるべきとの反論も考えられます。

 ここには、最高裁判所と立法府との間のボールの投げ合いが見られるといえるかもしれません。ただし、国会は、投げられたボールを投げ返しているのでなく、その処理についての状況を立ち入って見る必要があります。

2 法制審議会の役割

 夫婦同氏制の改革について、国会が行うことだと最高裁判所が指摘したとおりに進むのかというとそうではありません。民法の規定の改正については、国会議員がいわゆる議員立法として提示することは、これまでの国会の様相に照らす限り、おそらくありません。それよりも、法務省の仕事として、それも同省に置かれている法制審議会が検討し、改正案を作成し、内閣に提示するという過程が踏まれます。そのことは、ここで考察の対象としている最高裁大法廷判決の中でも言及されています。すなわち、岡部裁判官の意見(注2)においてふれられています。

(注2)第13回の本欄(民法750条の夫婦同氏制の合憲性)でふれているように、岡部裁判官の意見は、櫻井裁判官と鬼丸裁判官が同調していて、この3人の女性裁判官の判断は、違憲の判断に等しいといってよい内容です。

 その意見において、民法750条(以下では、本件規定という)については、「平成6年に法制審議会民法部会身分法小委員会の審議に基づくものとして法務省民事局参事官室により公表された『婚姻制度等に関する民法改正要綱試案』及びこれを更に検討した上で平成8年に法制審議会が法務大臣に答申した『民法の一部を改正する法律案要綱』においては、いわゆる選択的夫婦別氏制という本件規定の改正案が示されていた。しかし、同改正案は、個人の氏に対する人格的利益を法制度上保護すべき時期が到来しているとの説明が付されているものの、本件規定が違憲であることを前提とした議論がされた結果作成されたものとはうかがわれない。婚姻及び家族に関する事項については、その具体的な制度の構築が第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねられる事柄であることに照らせば、本件規定について違憲の問題が生ずるとの司法判断がされてこなかった状況の下において、本件規定が憲法24条に違反することが明白であるということは困難である」と説かれています。

 この論述から、選択的夫婦別氏制度を法制審議会が提示するところまで来ているのであるから、これから先は、改正案として国会に提出し、成立させれば済むことだと岡部意見では考えられていると受けとれそうです。それはともかく、注目しておきたいのは、国会での議論に先立って、法務省に置かれている法制審議会において、民法750条の改正にかかる検討がされていることです。

 法制審議会は、法務省内に置かれている組織で、法曹を含めた社会の各階層の学識経験者を委員として任命しています。その詳細を説明するゆとりがここにはありませんが、そこでは、総会への答申作成のため念入りな検討を加える民事法の専門家で組織される民法部会があり、その答申をうけて法制審議会の総会では法律改正案を法務大臣に提出しており、法律の立案については、きわめて重要な役割をしています。したがって、法制審議会が提示した選択的夫婦別氏制度を民法規定の改正案として国会での審議に付す手続きがとられれば、国会議員がそれに挑戦して否決するような段階にないように思われます。

 ところがその改正案の進行を内閣は止めてしまったのです。それについて、内閣を支える自民党に所属の有力議員がそのようなブレーキをかけたと伝えられていますが、その実情分析には立ち入らないことにします。注目すべきは、行政の権限をもつ内閣と立法の権限を持つ国会とが構成している政治部門は、法制度の改革のために用意した組織機構を活用していないことです。そのため、頼りない政治部門とか議会制民主主義の機能不全がみられるなどといった批判が投じられています。

3 誰が最終の決定をするのか

 これまで考察したところから、夫婦同氏制を定める民法750条の改正には、最高裁判所がいうように、国会の役割だといっても、それほど単純なことではないことが明らかになったと思います。現在では、法制審議会からの答申を受けた選択的夫婦別氏制を取り入れた改正案が閣議を経て国会に提案されているわけではありません。以前の本欄(第31回参照)でも触れたように、安倍首相は、野党議員からの質問に対して、夫婦の氏が異なることは子どものためによろしくないと答えていて、改正に踏み切る意図を示していません。

 そこで、選択的夫婦別氏制度の導入という法改正を行うのは誰かと、改めて問うてみます。以上でみたように、最高裁判所は、それが国会の役割だといっておりますが、その答は、憲法の定める形式的意味であり、国会が民法750条の改正案を可決して成立させる前の実質的改正権者のことに注目する必要があります。

 法改正には、立法技術上の難しい問題がかかわることが多く、改正のための動機、意図、時期といったことは別として、政治家である大臣や国会議員にそれを求めることは無理です。そこで、法律改正の主たる役割を担う法務省に、法制審議会を置き、そこで、国法秩序に相応しい法律案が作成されるようになっています(注3)。この仕組みがうまく機能していない状況を、今回注目した最高裁判所大法廷判決が冷ややかにながめているように思えるのは、筆者だけでしょうか。

(注3)衆議院、参議院の議員が法律案を作成して国会で成立させることがあります。その活動をするために、両議院のそれぞれに、衆議院法制局、参議院法制局がおかれていて、法案作成の専門技術的なことを支えています。また、内閣にも、内閣法制局がおかれています。これらの機関の活動については、別の機会に扱うことにします。

■筆者後記
 冒頭の写真は、花壇のオダマキの種が道の端に落ちて咲いた花です。今回とりあげた改正規定の先行きを想像しました。

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)『憲法判例(第8版)』(有斐閣、2018年)、など著書論文多数。

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