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新型コロナウイルス感染問題(第32回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

はじめに

 世の中は異常な情勢だ、といわざるを得ません。それは、新型コロナウイルスの問題が連日報じられ、また、身近に対応せねばならなくなっているからです。そこで、本欄では、前回に予告した家族法の改正問題について考えることは中断して、この目下の問題をとりあげることにします。といっても、焦点は、本コラムで一貫して注目している憲法秩序に照らした考察であることには変わりありません。

1 異常な情勢

 新型コロナウイルスが、人の命を奪う恐れをもち、目に見えない形で伝染する力があることはここで述べるまでもなくよく伝えられています。また、その脅威は、これとの闘いが第二次大戦以来の戦争に匹敵すると、ドイツのメルケル首相が述べたところによく表されています。さらに、その伝染力は、昨年末頃、中国の武漢で発生して以来(注1)今日までの短期間に、中国国内に留まらず、イタリアをはじめとするヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国、さらにその他の国々に拡がっていることも記すまでもないでしょう。

(注1)発生源を、珍獣センザンコウの肉を食する習慣の中国人のことに結び付けたり、新たなウイルスの存在を警鐘した武漢の眼科医を弾圧した中国政府の過ちによるとか、初期の抑制施策を怠った中国政府の失政を指摘したりして、今後の中国人に対する差別感情が増幅する予想も無視できません。

 ここで注目するのは、日本での対処の様相であり、採用されている法施策についてです。政府は、既存の新型インフルエンザ対策特別措置法に新型肺炎を追加した内容の改正案を用意して、国会は、それを迅速に成立させ、新型ウイルスの感染に対処する根拠法としています(注2)。

(注2)正式名は、新型インフルエンザ等対策特別措置法で、本年3月13日成立、同14日施行です。

 この改正法は、それをめぐる与野党間の対立をほとんどみせず、日本国憲法のもとに構築されている既存の法秩序の中に取り入れられたのですが、国会で憲法論議がほとんど交わされることなく済んでいることは、後になって大丈夫なのか気になっております(注3)。それはともかく、憲法秩序として把握しておく構造は、次のとおりです。

(注3)憲法論議が立法過程で全く無かったわけなく、立憲民主党の山尾志桜里議員は、緊急事態宣言(これについては本稿ですぐふれる)に踏み切るときには「国会の事前承認」をすべきであり、そのことを改正案に盛り込むべきと主張しましたが、党に受け入れられなかったので、離党しています。

 まず、新型コロナウイルスの感染拡大に対処するために、内閣総理大臣が緊急事態宣言の発令をすることが施策の軸として設けられました。これは、「国民の生命や健康に著しく重大な被害を与える恐れがある」、および「全国的かつ急速な蔓延(まんえん)により国民生活や経済に甚大な影響を及ぼす恐れがある」という要件があり、これを充足しているか否かは、専門家による基本的対処方針等諮問委員会の判断によりなされことになっています(注4)。

(注4)当該法律の該当箇所についての指摘を省きます。

 この緊急事態宣言を発令することについて、安倍総理は、かなり慎重な姿勢をみせてきました(今月7日発令)。その前の段階の措置として、各自治体の長である知事が住民に対して自粛を求めるという方式がとられてきました。そのことも含め、諸外国と比べても、日本政府の新型コロナウイルス感染拡大傾向に対する施策には、厳しさに欠けているといえるようです。緊急事態の宣言がなされると、移動の自由、営業活動の自由、表現の自由等の人権の制限を伴うはずで、宣言に伴いロックダウン(都市封鎖)がなされるとその制限度合いは高くなるはずですが、そのことを勘案して慎重なように受け止められます。また、自治体の長が発している自粛要請についても、西欧の識者からみるとそれが何となく穏やかで、それに応じている国民や住民の様子が信じられないとの指摘も受けております。西欧では、警察官や軍隊が出て統制し、罰則を伴う厳しい規制が科されているとのニュースを目にします(注5)。

(注5)法の実効性に関する比較法的考察は興味深いことですが、今回は、それにふれるゆとりがないので、指摘だけにとどめ、後の機会に改めてとりあげることとします。

2 新型コロナウイルス感染対策

 国民・市民に自粛を求めるというのが、新型コロナウイルス感染防止のために採用している国や自治体の公権力の施策方式です。これに照らすと、日本国憲法の人権保障が非常に慎重になされ、公権力の行使が憲法上望ましい状態にあるかのように受け取られそうです。しかし、そんなにやさしい状態でないことは、本欄のこれまでのテーマのもとに、しばしば確認していただいているはずです。そこで、今回の新型コロナウイルス感染対策で、公権力に対峙する国民・市民の側がどのような状態になっているのか、注目する必要があります。

 自粛要請に対して、国民・市民が問題に対して認識が高ければ、自己の生命、身体、さらに利益を守るために、要請内容に対応した行動がとれるはずです。別な言い方をすると、自己の自由を維持しながら、市民は、ウイルス感染拡大を防ぐために自律的姿勢を示すことができるはずです。そこには、国民・市民の予防意識や危機意識がしっかりしているとの評価ができるはずです。しかし、実際には、それと反対の事例がこのところ次々と報道されるようになっています。

 たとえば、春の花見シーズンになって、例年と変わらない人出がみられ、敷物の上での花見宴会をさせない措置をとっても、見物の人波が変わることなく流れているとか、卒業記念旅行を計画していた大学卒業者が感染拡大のニュースを承知しているはずの諸外国に出かけ、帰国とともに多人数に感染させるとか、都市のライブハウスに行って地方に帰ると、次々と感染者を出すといった具合です。また、東京都の小池知事がなした不要不急の外出を抑制すべきとの要請において、クラスター(感染者集団)とかオーバーシュート(爆発的感染)といった英語を使った感染拡大現象を説くと、張り切って政治家としての点数稼ぎをしているなどといった知事に対する心ない批判までも登場するありさまです。

 こうした状況をみると、日本の社会には危機意識が薄いとか、自己の生命、自由、財産を自己の力で守ろうとする自律性がないといったマイナスの評価が頭に浮かんできます。この自律性の保持は、いうまでもなく憲法秩序の維持に働く基本的で最低限の規範意識なのですが、上述の公権力における規範維持の脆弱性と相まって、曖昧糢糊とした憲法秩序・国法秩序を生み出しているといってよいようです(注6)。

(注6)これは非難しているわけではありません。人権の侵害や保障にかかる問題を語るとき、西欧のそれが手本で、日本がそれを見習うべしといった論調がよくなされますが、私は、それが適切でなく、日本の特性の内容や原因をよく分析してとらえることが重要と考えております。

 ここから先を予測することは、素人による単なる懸念に過ぎないのかもしれませんが、ヨーロッパの国々やアメリカ合衆国で起きている感染者数の増加と感染に伴う死亡者数の急激な増加が生じるのではないかと恐れています。その原因は、徹底した感染検査をしていないところにあるとの指摘がありますが、それが真実か否か検証しようがありません。しかし、この非常な事態に対する不安感を払拭することはできません。

3 非常事態の憲法秩序

 憲法の概説書では、非常・緊急事態についての説明箇所があります。そこでは、日本国憲法のもとで、国家緊急権の行使が認められるのかという問題が論じられています。要約すると、国家緊急権の行使は、憲法秩序の一時的停止をして、政府が厳しい事態に対処する超憲法的状況のことを指すのですが、日本国憲法にはその根拠規定はなく、憲法改正を求めるならとにかく、憲法論議の外の問題のことです。これに対して、前述の内閣総理大臣による緊急事態宣言は、憲法秩序を停止して新型コロナウイルス感染の防止策を実施することとは異なります。それは、あくまでも憲法秩序を維持しての措置です。

 新型コロナウイルス感染の事態を、前述のように異常な状態だとか、非常事態、あるいは緊急事態などと呼ぶことは自由ですが、重要なことは、それにどのような措置を国や自治体がとって、感染防止に努めるかということです。これは、現在進行中なので、断定的なことはいえませんが、日本では、自然災害がたびたび生じて、国や自治体による適切な対応措置が求められることはよくあります。その自然災害の代表が地震ですが、日本国憲法下では、大きなものだけでも、1948年の福井地震、1995年の阪神淡路大地震、2004年の新潟県中越地震、2011年の東日本大地震、2016年の熊本地震があげられます。これらは、気象庁が設けた震度7の激震に匹敵するもですが、それより低い震度のものも含めれば、日本列島は何だか地震とともに存在しているかのようです。これに巨大台風の襲来を含めると、日本は、自然災害を前提としないで、法秩序を考えることはできないといえます。実際に、災害対策基本法を初めとして、災害発生のたびにも対策の法律が制定されて今日に至っております。

 このように、自然災害のことも含めた災害に対して、日本国憲法のもとでは、法律を制定して対策をなしてきたのであり、その体験に基づき構築されている法秩序をとらえる必要があります。これでは、話は、また、このような小さなコラムで処理できない大きなテーマに膨らんできました。

 そこで、最後に、新型コロナウイルス感染対策として、日本国憲法から当然のように導かれる法秩序などなく、事態への対応に必要な法律の改正や立法をもっ て法秩序を構築する必要があり、実際、そのようにしてきたことを確認しておきます。そして、それとともに、法的強制力を伴う措置よりも、自粛によって培われる自律性に依存する法秩序の展開が新型コロナウイルス感染対策の主軸となっていることを指摘しておきます。


■筆者後記
 冒頭の写真は、散歩中に目にしたクサイチゴの花です。世の中は、ウイルス感染で落ち着かないのに、この春の草花は、静かに道端で咲いていました。

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)『憲法判例(第8版)』(有斐閣、2018年)、など著書論文多数。

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