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内心の自由を保護すること(第27回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

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1 内心の自由とは

 前回は、宗教・信仰の自由の現状について考えてみました。現状といっても、社会の様相を徹底的に分析したわけではありませんし、宗教・信仰の自由の内容を深く把握して考察したわけではありません。そのため、不十分な論述だったとの思いが残っております。とりわけ、憲法の人権保障の問題ですので、憲法20条が保障する信教(宗教・信仰)の自由について、憲法19条の保障する思想・良心の自由とのかかわりに言及すべきです。

 通常、憲法の解説においては、精神的自由を、その内面的側面と外面的側面とに分け、前者に属するのが、信仰の自由、思想・良心の自由、学問研究の自由だと説明されています。それらの自由は、内心の自由と呼ばれ、精神的自由の根本をなすものであり、絶対的であるとか全く制限や禁止が許されないとされています。また、前回にふれた信仰の自由は、人の心の中にある思いや信念のうち、宗教・信仰にかかわることを指すので、19条の思想・良心の自由と重なる面があるとも説明されています。

 そこで、前回の話を広げて、思想・良心の自由のことに目を向けることにします。また、この自由が明治憲法時代の経験を背景にしていることは当然だとしても、今日では、この自由に対するその当時のような法制面での制約が存在していないし、登場することもない憲法秩序となっています。そこで、このことを前提として考察します。

 明治憲法は、天皇が主権"国の政治の在り方を決定する権限のこと"を有し、民主制とはいえない国家体制を構築していたうえに、天皇制を否認する思想を持つこと自体が犯罪であるとする治安維持法が制定され、そこには厳罰が設けられていました。実際に、反天皇制の思想を有しているとの疑いをかけられると、その内心の立証のために激しい拷問が加えられました。これに対し、国民主権を基礎とし、民主制の国家体制を構成している日本国憲法のもとでは、そのような法制度の登場はあり得ないのですから、このことを前提として議論を展開してもかまわないと考えます(注1)。

(注1)この考えのもとに、憲法19条の思想・良心の自由の保障は、前述したように、絶対的であるとか、全く制限禁止が許されないことを意味するといった説明の実際をみることにします。そこには、憲法19条のような規定のないアメリカ憲法の実情と変わりがないはずだとの思いが基礎となっております。

 内心の自由についての以上の考えを基盤として、この自由の侵害問題の実際を次に検討していきます。

2 内心の自由の侵害

 内心の自由の保障が上記のような意味をもつとして、今日では、どのような侵害が生じて問題とされているかみることにします。ただし、ここで扱う具体例は、裁判例であり、このコラムでの通例であった私の体験や直接の観察事例ではありません。  その一つは、君が代ピアノ伴奏職務命令拒否事件(注2)です。その詳細は、判例にあたって見ていただくことにして、簡略に事件とそれに対する裁判所の判断を示しておきます。

(注2)最三判(最高裁判所、第三小法廷の判決)平19・2・27民集61巻1号291頁(戸松=初宿・憲法判例第8版のⅢ-4-3参照)。
【事件の概略】日野市立小学校の音楽専科教諭のXは、その小学校の入学式において国家斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏をするように校長から言われたが、自分の思想、信条に基づきそれを拒否した。校長は、入学式当日も改めてピアノ伴奏を行うよう命じたが、入学式においてXがピアノを弾き始める様子がなかったので、用意した録音テープにより国歌斉唱が行われた。その後、Xは、校長のなした職務命令に従わなかったことが地方公務員法32条と33条に反するとして戒告処分を受けた。これに対してXは、その職務命令が自己の思想・良心の自由を侵害する憲法19条違反だとして、東京都教育委員会を相手に戒告処分の取消しを求める訴えを提起した。
 第一審の東京地方裁判所も控訴審の東京高等裁判所もXの主張を認めなかったので、Xは、上告したところ、最高裁判所は、Xの請求を斥ける判断を下した。その判決理由において、校長の職務命令がXの歴史観・世界観それ自体を否定するものでないこと、Xは、法令等や職務上の命令に従うべき公務員の立場にあることなどを理由として、憲法19条違反の主張を斥けた。


 さて、この事件の音楽専科の教師Xは、なぜ国歌「君が代」の斉唱にピアノの伴奏をしなかったのでしょうか。上記判例では、「君が代」が過去の日本のアジア侵略と結びついており、その歴史的事実を教えることなく子どもに歌わせることが人権侵害となるとか、そもそも西欧の音階に日本古来の雅楽の音調をのせることが音楽として適切でないなどといった歴史観ないし世界観、およびそれに由来する社会生活上の信念などのXの主張をみることができます。これは、Xの思想・良心にあたることは間違いなく、裁判所もそのことを認めています。しかし、そうであるからといって、直ちに憲法19条の保障が及ぼされてはいません。校長の職務命令がXの思想・良心といえる歴史観・世界観自体を否定しているわけではなく、ピアノの伴奏行為が特定の思想の表現行為とはいえないうえ、Xには法令等や職務上の命令に従うべき地位にあることなどを根拠にして、戒告処分の取消しを認めていないのです。
 注目すべきは、入学式での君が代のピアノ伴奏を求める命令に従わなかったことへの制裁は、その思想・良心そのものに向けた制限・禁止とはいえず、設けられている法制度上の制裁であるから、憲法上容認できるとされていることです。
 この考え方は、似たような他の判例においても登場しています。それは、国歌起立斉唱職務命令違反事件(注3)においてです。この事件では、都立高校の教師が卒業式で起立して「君が代」の斉唱をするよう校長から命じられたことに従わなかったため、戒告処分や不利益な扱いを受けました。そこで、その取消しを求めて訴えを起こしたのですが、下級裁判所も最高裁判所もその求めを拒絶しました。ここでも最高裁判所は、国歌の起立斉唱を拒否した教師の思想良心に基づく外部的行為に対して不利益処分をしたのであって、それが内心の自由に対する間接的制約であることを理由に憲法違反との主張を斥けています。

(注3)最三判(最高裁判所、第三小法廷の判決)平23・5・30民集65巻4号1780頁(戸松=初宿・憲法判例第8版のⅢ-4-4参照)。


 さらに、刑事事件の犯人が自己の抱く信念・信条に基づいて殺人を犯している例においても、その殺人犯人の意図を憲法19条に基づいて保護することなく刑罰を科しているのが通常です。比較的近年に起きたオウム真理教の信者による殺人事件や相模原障害者施設殺傷事件などは(注4)、犯人の思想・信条とのかかわりが無視できませんが、内心の自由の尊重ということが前面には語られていません。しかし、その犯罪者を社会から簡単に排除できないという問題があることも考慮する必要があります。これを次に考えてみます。

3 内心の自由の保障

 このように、内心の自由は絶対的保障がなされる、との教科書的説明の実際は、それほど簡単に理解できないようです。思想・良心は、内心にとどまっている限り、何らの制限がなされませんが、内心の思想や信条――世界観、人生観、思想体系、政治的意見など広くその内容となる――を基に、何か行為や行動をすると、国法秩序や社会的規律との衝突や軋轢が生じて、どのように調整したらよいかの問題となります。行為・行動の主体の意図どおりに、つまり絶対的保障をすべきことと割り切って解決するわけにはいきません。上でみた具体例でそのことが確認できます。そこで、内心の自由の保障をどのように実現すべきかの課題に出会うわけです。

 課題の一つは、上でみた学校での教師の国旗や国歌に対する思想・良心とそれに基づく行為の関係をどのように調整するかということです。憲法19条による保障を徹底するとの考えは、判例に反映されていません。しかし、裁判で争う前の段階で、何か調整する方策がないのか考えられないでしょうか。それは、国旗や国歌の扱いについての法秩序に問題があるといえます。そもそも国旗及び国歌に関する法律が存在しているものの、その法律には、違反者に制裁を科す規定――たとえば、国旗・国歌に対する侮辱の罪といった規定――が設けられておらず、あいまいな法秩序とならざるをえなくなっています。
 また、ピアノ伴奏を拒否した教師や、国歌の起立斉唱を拒否した教師に対して、行政上の不利益処分を科す以前に別の方策をとることができないのかという課題もあります。ここではそれについて言及しないでおきます。
 これらの課題においては、個人の思想・良心を尊重する配慮をどの程度持ち込めるか、ということによります。これは、人権保障の全体をとおしていえることですので、本欄でたびたび問うて考えることにします。

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)『憲法判例(第8版)』(有斐閣、2018年)、など著書論文多数。

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