学習院大学名誉教授 戸松秀典
今回は、ごく最近のニュースに注目して、日本社会での法秩序に関する問題について考えることにします。
それは、今年(2019年)2月14日に、同姓婚の合憲性を問う訴訟の提起について、新聞、ラジオ、そしてテレビで広く報じられたニュースです。その訴訟では、同性婚をしようとしても役所で婚姻届けが受理されず、その扱いは、憲法24条が保障する婚姻の自由や憲法14条の保障する平等原則などに違反すると主張されています。この主張をなす訴訟が、合わせて13組の同性カップルにより東京、大阪、名古屋、札幌の各地方裁判所にもたらされたとのことですが、こういう同種の法的問題を各地でいっせいにかかげ、解決を訴える方式の訴訟は、制度改革訴訟と呼ばれます。それは、同性婚者の法的処遇を拒む既存の制度を改革する必要性に注目するよう社会に訴えることが目的で、議会制度において法改正の動きを起こすことを求める意図に基づいています。
なぜこの訴訟が個人の個別の問題の救済というより、同じような状況にある者たち全員の救済という制度改革訴訟の形で提起されたかというと、諸外国に比べて、日本では制度改革への着手がなされていないからです。つまり、同性婚の法的扱いが諸外国に比べて後れているからです。諸外国の事情については、マスコミを通じて紹介されているので、後れているといっても、同性婚のことが社会で知られていないわけではありません。
同性婚は、フランスに代表されるヨーロッパの諸国をはじめ、アメリカ大陸の諸国、オセアニアの国々など世界で広く認められていますが、本格的議論のもとに法制度が設けられたのは、20世紀の後半であるといえます。そういうわけで、日本が後れているといわれていることは、比較的最近の世界の動向に追随していないという性格づけもできます。
今回、訴訟が提起されたのは、このような世界の動向に勇気づけられ、また、同性婚への理解が日本社会でも少し進展しているといえるからかもしれません。渋谷区や世田谷区がパートナーシップ制度を設けたこと(注1)、また、LGBTについての関心が政治過程でも生じていること(注2)などが背景となっているともいえます。しかし、今回提起された訴訟は、直ちに良い結果を獲得できるわけないようで、検討すべき問題をかかえています。
(注1)渋谷区のパートナーシップ制度は、「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」に基づき、法律上の婚姻とは異なるものとして、男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備えた、戸籍上の性別が同じ二者間の社会生活における関係を「パートナーシップ」と定義し、パートナーシップ証明を交付する制度で、一定の条件を満たした場合にパートナーの関係であることを証明するものです。世田谷区の場合は、世田谷区同性パートナーシップ宣誓とされ、同性カップルである区民が自由な意思によるパートナーシップの宣誓を区長に対して行い、その宣誓書を受け取ることにより、同性カップルの方の気持を区が受け止めるという取組みです。
(注2)LGBTについては、本欄の第16回においてふれています。
同性婚の法制度が存在せず、諸外国に比べて後れているといわれていますが、そもそも性に関わる差別問題については、日本では全体として後れているといってよいようです。そのことについては、すでに本欄で取り上げています。
まず、第13回では、「民法750条の夫婦同氏制の合憲性」について考えましたが、訴訟の提起者が強く訴えた夫婦同氏制が抱える不都合を、最高裁判所も国会も解消しようとせず、いまだ不合理な法的状態が存続しています。そこで指摘したように、民法750条の改正といっても、従来の夫婦同氏制に、いわゆる選択的夫婦別氏制をも導入することを指し、大きな改革というほどではなのに、踏み切れない状態となっております。これは、外国の動向に照らすと、後れているといわれても仕方ないことです。
また、男女平等の実現について、第5回の本欄でふれたように、女性の国会議員の数が世界の諸国のなかでかなり少なく、日本が下位の位置にあることをとりあげました。これに加えて、第16回でも、性差別解消により平等社会を実現することを考えましたが、そこでも、日本社会での人々の意識の後れを問題としました。
さらに、法治国家であるはずの日本が西欧から野蛮な国、後進国だとのレッテルを貼られた死刑制度の存続の問題をあげなければなりません。これについては、本欄の第15回で取り上げたように、このままでよいものか、検討が必要となっています。
もっとも、後れてはいたが、解消された例があることも指摘しておいた方がよいでしょう。それは、情報公開制度や個人情報保護制度についてです。これらの制度も、その設立は西欧においてなされ、日本は、自治体で先行したうえで、今世紀に入ってから、国の制度が稼働しております。
以上は、ごく概略ですが、国民の権利や自由の保護について、日本の法制度がどのような状態であるかを視野に入れておく必要があると思います。それは、何か個別の問題に焦点をあてて論議する場合、それが国の法秩全体の中でどのような位置づけとなっているかを認識しておくことにより、建設的な議論が展開できると思うからです。
経済力、科学技術の力、あるいはスポーツ分野の活躍を見ると、日本は、世界の国々の中でも先進的であるとか優れていると評価したり、自慢したりすることができるかもしれません。しかし、以上にみている憲法秩序の様相においては、決して先進国などとはいえないようです。そこで、いくつかの問題について、その原因をさぐり、解決の方策を考えることが重要であると、誰しも思うはずです。しかし、そうかといって、上で挙げたような後れの事態全部について解決策を探ることは容易ではありません。ここでは、全体の様相を背景におきながら、今回焦点を当てている同性婚に関する主要な問題点を考えることにします。
第一に、同性婚を望んでいる者は、社会での少数者であることを認識しなければなりません。そのため、ともすれば奇妙だと思われたり、偏見や差別が生じたりしてしまいます。重要なことは、同性婚を認めたからと言って、他者に被害や不利益が生じたりすることがないことです。たとえ自分としては理解したり受け止められなくても、それも一つの生き方であるとして、存在自体を排除したり、危害を加えたりしないことです。今回の訴訟の原告は、勇気を出してマスコミの前に登場し、「特別な権利がほしいわけでなく、平等なスタートラインに立ちたいだけ」と語っています(注3)。
(注3)日本経済新聞2019年2月15日朝刊等参照
次に、原告らが国に対する損害賠償請求の訴訟を提起し、そこに違憲の主張が存在することに注目します。国に対して、同性婚を容認する法制度を設けるよう求める、すなわち立法の義務を国に課すという方式の訴訟は、日本においては認められないのです。既存の法制度のもとで同性婚が受け入れられないためそれを希望する者が精神的にも経済的にも損害を被っており、その損害の賠償を訴訟で求めているのです。つまり、国の違法な法制度の執行に焦点を当て、その違法の内容を憲法違反であるとしております。その違憲の内容が憲法24条なのか、14条なのか、それとも13条なのか議論が分かれるようです。ここで、憲法学説での対立に立ち入るつもりはなく、一言だけ、私の考えるところを示しておきます。
現行の法制度では、同性の結婚を前提としてはおらず、それは、諸外国でも同様であって、同性の結婚を求める人たちの主張を認め、排除しない法秩序を作り上げることが同性婚容認の目的です。したがって、憲法秩序・国法秩序を新たに形成する説明がなされればよいのです。憲法24条は、そのようなことを念頭に条文がおかれたわけでないのですから、そこに婚姻の自由が保障されているが同性婚は含まれていないといった説明は、同性婚排除の内心の意図を正当化しているにすぎません。婚姻の自由の根拠条文を憲法13条に求め、そこに保障されている幸福追求権の内容がその自由であると解すれば落ち着くのではないでしょうか(注4)。このように、婚姻の自由が憲法の人権保障の一つであることを前提に、同性婚を望む者が憲法14条の保障する平等な扱いを受けていないと主張できるわけです。
(注4)幸福追求権をめぐる論議については、本欄の別の機会で詳しく述べる予定です。
さらに、同性婚は、新たに導入する法制度ですから、既存の法制度――民法、戸籍法、所得税法など――における諸規定を改正しなければなりません。その作業は、当然のことながら立法の任にある国会や法改正案の作成を担う行政機関が果たさなければなりません。そこで、訴訟に対処する裁判所は、損害賠償請求を容認するにあたり、この政治機関の役割のことをどのように考慮して裁判するのか注目されるのです。
こういうわけで、今回とりあげた同性婚訴訟に刺激されて、国会議員が法制度改革の意義を理解して立法に直ちに着手することが解決の近道だと考えます。そこでは、政党間の政治イデオロギーとは関係なく、超党派の議員立法であるべきと思っております(注5)。
(注5)同性婚に反対する保守的議員の中には、今回も、日本の伝統的家族、家庭の崩壊ということを持ち出すと予想されますが、それは、本欄の第13回でも触れたように(注5参照)、合理的根拠のない説得力を欠く主張です。
●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)、『憲法判例(第8版)』(有斐閣、2018年)、など著書論文多数。
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