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死刑――なぜ日本は廃止国ではないのか (第15回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

1 「野蛮な死刑執行」との指摘

 カレンダーを見ると、本年の日数がわずかであることを感じ、それとともに、おのずから過ぎし月日を振り返ります。そして、憲法秩序が相変わらず進展していないことを嘆かわしく思い、他のことなどに重ね合わせると、明るい気持ちにはなれません。とりわけ、今夏の7月にオウム真理教の元教団幹部18名が死刑の執行を受けたことについて、この欄で一言ふれなければと思っております。

 この出来事は、国が刑罰としてではあるが18人もの命を一気に奪ったわけで、文明国、法治国家では、それが異常な事態だと受け止められること必至だといえるのではないでしょうか。ちょうどその頃、ラジオを聴いていたら、ヨーロッパのマスコミがこの死刑執行に注目し、日本を野蛮な国と呼んでいると伝えておりました。また、その西欧の報道では、アジア東方の国のうち、中国、北朝鮮および日本が死刑制度の存続国であることも紹介されているとのことです(注1)。そこに韓国があげられていないのは、韓国では、廃止ではないが死刑を凍結しているからです。恥の文化を誇る日本にとっては、とんでもなく恥ずかしいことだと思わないでしょうか。そこで、今回は、なぜ日本は死刑の廃止国ではないのかという問いかけをし、検討することにしました。

(注1)なお、この死刑執行を受けて、駐日欧州連合(EU)代表部およびEU加盟国の駐日大使らは2度に渡って共同声明を発表し、「いかなる状況下での極刑の使用にも強くまた明白に反対」と主張しております。

2 廃止論の停滞

 日本国憲法のもとでは、早くから死刑を廃止すべきとの主張がなされてきました。裁判でも、死刑の刑罰が違憲ではないかとの主張がなされ、日本国憲法の誕生後間もない1948(昭和23)年には、最高裁判所大法廷の合憲判断が示されています(注2)。そこで、まず、その先例の判決理由に注目します。

(注2)最大判昭和23年3月12日刑集2巻3号191頁。第13回の本欄で掲げた戸松=初宿・憲法判例第8版400頁のⅢ-6-35を参照。

そこでは、死刑が憲法36条の禁じる残虐な刑罰にあたるから違憲だとの被告人側の主張に対して、最高裁判所は、判決理由の冒頭で次のように説いております。

 「生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑罰である。それは言うまでもなく、尊厳な人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去るものだからである。」

 この格調高い論述は、評価に値する内容です。しかし、気がかりなのは、「まことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑罰である」と論じているところです。全地球より重い、尊貴な生命は、およそ奪うことがあってはならず、死刑という刑罰は認めがたいことであると論じた方が素直なように思われます。しかし、最高裁判所は、これにつづけて、死刑の存続が社会公共の福祉のために必要であるとしたうえ、死刑の執行の仕方が絞首刑であり残虐とはいえないと断言したのでした。この論述の展開については多くの批判論が展開しており、また、絞首による生命の断ち方が、いや、その場面に至るまでに死刑囚がおかれる境遇がいかに残虐であるかを詳しく示した研究も登場しております。さらに、その後、国際的には死刑廃止の方向に進んでいて、西欧諸国だけでなくアジアの国々でも廃止に踏み切っているのですが、最高裁判所は、判例変更の兆候さえ示しておりません。

 死刑存続を正当化する論に対しては、国が人を殺してはならないと命じて殺人罪を設けていながら、国自身が人の命を奪うことには正当化できる論理はあり得ないとの批判論をはじめ、さまざまな論議が歴史上そして世界的に展開されてきました。その論議に立ち入ってここで再現することはしません(注3)。

(注3)なお、前述の最高裁判決は、死刑が憲法36条の禁じる残虐な刑であるか否かについての判断だったが、これに対して、死刑の違憲性を憲法13条から導かれる生命権の不合理な侵害であるか否かを論じるべきとする主張もなされています。

 注目したいのは、日本では世論の圧倒的多数が死刑の存置に賛同していることを根拠に、死刑を正当化する立場です。これは、最初に言及したオウム真理教死刑囚に対する死刑執行の指示を下した上川陽子法務大臣の立場だといえます。同大臣は、就任時に、死刑の扱い方についてマスコミの記者から受けた質問に対して、世論の多数が死刑存続に賛同しており、それに自分は従いますと答えたからです(注4)。

(注4)刑事訴訟法475条1項は、「死刑の執行は、法務大臣の命令による」と定めています。

 この上川大臣のことばについて、法務大臣がそのような見解を示すことなど、法治国家では大いに疑問とされるべきでないかと、私は感じました。死刑という刑罰を、世論の多数に従って執行するということは、共産主義国家や独裁国家が人民の賛同をあおって命を奪う、いわゆる人民裁判を想起させられるからです。死刑を廃止した西欧の国々では、世論はともかく、国の政治や法制度の在り方に責任を担う政治家が死刑を適切ではない刑罰だと考え、廃止を実現しております。

 このことに関連して、日本での若干の例をあげておきます。まず、上川法務大臣より前の大臣中、鳩山邦夫法務大臣は、約1年の在任中、13人の死刑執行をして、廃止論者から「死に神」と批判された例がありますが、今回は、それを上回ったのでした。次に、これとは対照的に、大臣本人の思想・信条上の理由で、法務大臣に求められる死刑執行命令書への署名を避けた場合もあります。たとえば、小泉内閣の時の杉浦正健法務大臣は、ご本人が明言したように、浄土真宗の僧侶であることを理由として、署名をしませんでした。さらに、管内閣のときの平岡秀夫法務大臣は、死刑廃止論の立場のもとに、署名を避けました。

 これらの例をみると、死刑の執行については、その権限を有する法務大臣の人権感覚や人権意識が強い影響力をもっていることが明らかとなります。そこで、法務大臣の出身源である国会議員の様相に目を向けます。それは、最近ではあまりマスコミの関心が向けられなくなったのですが、死刑廃止に向けた超党派の「死刑廃止を推進する議員連盟」です。2003年には、その会長であった亀井静香元金融担当大臣が、死刑を廃止して、終身刑に当たる「重無期刑」を創設する法案を国会に提出する方向で調整していたことが報じられたこともあります。しかし、100名を超える議員からなるその連盟は、現在30名ほどになっているとのことです。

 国会の外の民間では、日本弁護士連合会において死刑廃止を目指す委員会が存在するし、死刑廃止の勧告をたびたび行っているアムネスティの日本支部の活躍(注5)、さらには、死刑廃止論を掲げて活動する民間の団体などの存在も無視できません。

(注5)アムネスティの活動は、死刑廃止への世界的な潮流につながり、1991年には国連の死刑廃止国際条約(自由権規約第二選択議定書)の発効に至る結果をもたらしています。

 死刑廃止に関する日本の状況は、概略ながら、以上のようです。全体としては、死刑廃止論は、停滞していると言わざるを得ないようです。したがって、はじめに掲げた問いかけに対するこたえは、容易には得られないようです。しかし、日本が法治国家であるという自負を維持し、発展させるためには、この停滞を脱することが必要だと思われます。

3 死刑廃止への道

 死刑の廃止は、日本では容易に期待できないようですが、それを実現するために進むべき道について一応考えておきます(注6)。

(注6)死刑の廃止の問題だけでなく、前々回でとりあげた夫婦同氏制の問題をはじめ、本欄で扱ってきているいくつかの法制度上の問題が解決の道をたどっていないことを注視して下さい。それらに対する改革志向の意欲を湧出させる方策を考えることが何より大切なようです。

 まず、いきなり廃止に踏み切ることは、さまざまな問題にかかわるので不可能であるから、廃止に向かう第一歩として、既存の死刑囚に対する刑の執行を停止することが必要です。これは、それほど難しいことではなく、前述のように、法務大臣がそれを実行すればよいのです。法務大臣の見識次第です。

 次に、国会で、死刑囚に対する死刑執行停止の決議をします。その後、死刑廃止に向かっての議論がなされるでしょうが、それを経て、刑法の改正などの立法上の措置に向います。おそらく、その関連の議論、手続きに時間がかかるでしょうが、諸外国で廃止を実現した例をみれば、刑事犯罪の様相に変化は生じないと予想します。死刑存置論者は、死刑の犯罪抑制力を強調しますが、諸国の、また日本の犯罪の実情をみれば、その説得力はないといえます。

 以上、死刑の違憲論ないし廃止論に焦点を当てて論議内容の分析をするよりも、世界の趨勢とは異なり、なぜ廃止に踏み切れないのかという疑問を基に、少しばかり考えてみました。私は、死刑廃止問題の論議の深まりを社会一般に求めるつもりはありません。社会では人々はそれぞれの生活に忙しく、死刑の存廃問題について検討する余裕のある人は少ないといえるからです。この問題に責任を負っている国会議員や法制度の運用者に、強い期待をもっております。

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)『憲法判例(第8版)』(有斐閣、2018年)、など著書論文多数。

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