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平成の終わりに振り返る――憲法秩序の概観(第20回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

1 平成の終わりと新元号

 本コラムは、今回で20回目となりました。これを節目といえば大袈裟になりますが、元号が来月から「令和」になると決まったことを区切りとして、今月のテーマは、いつもと違う内容にしたいと思います。といっても、それは、ここで立ち止まって、終わりとなる平成を振り返って憲法問題を考えてみようというにすぎませんが。

 まず、元号が令和となることについて注目します。ただし、元号が憲法問題として社会で話題となってはいないようなので、あえてそれについて論じる必要はないのですが、立ち止まったからには次のように少しふれておくことにします。

 元号は、和暦ともいわれ、西暦645年に「大化」が使用されて以来、今日までつづいている日本で年につける名称です。歴史上どのような名称が使われたかについては、ネットで検索すればすぐ分かることなので、ここで詳しく触れる必要はないでしょう。注目しておくべきは、新しい「令和」が1979(昭和54)年に制定の元号法に基づいて定められたことです。その第1項で、「元号は、政令で定める」、2項で、「元号は、皇位の継承があった場合に限り定める」としています。つまり、政令は、内閣の定める法規ですから、今回の「令和」は、閣議で決められたことを官房長官が墨書の額を掲げて発表したのです。そして、皇位の継承とともに新たな元号が登場するのですから、元号は、天皇制と密接な関係があるわけです。また、公式文書でこれが記されます(注1)。

(注1)本年5月1日以降に登場する判例は、令和が裁判日時の頭に付され、たとえば、本年5月13日に出される判決は、令和元年5月13日判決と記されます。判例の所在を元号で表記することに反対する法学研究者のなかに、ご自身の論文では西暦表記にしている例がありますが、引用されている判例を判例集にあたって調べようとするとき、そこでは西暦表記が用いられていないので、元号に換算せねばならず、その学者の独断に呆れたことがあります。

2 人権保障状況

 平成の時期における人権保障状況を振り返ってみようとしたところ、先日の新聞に、夫婦同氏制が違憲であると争っていた訴訟に対する東京地方裁判所の裁判が大きく報じられていたことが頭に浮かびました(注2)。これは、本欄の「第13回 民法750条の夫婦同氏制の合憲性」で扱った問題に関係するので、思い出していただけると思います。そこでは、最高裁判所がややためらいの雰囲気を示しながら、違憲の主張を斥け、最終的解決を立法府である国会に委ねるべきとしました。また、そのコラムでも紹介したように、最高裁判決に満足しない人たちによって、結婚時に夫婦別姓を選べない戸籍法の規定が違憲だと主張をする訴訟が登場していました。先日の裁判は、これに対する東京地裁の判決ですが、違憲の主張を斥けています。

(注2)東京地裁平成31年3月25日判決(各新聞の当日デジタル版または翌日の各紙参照)。

 これによると、どうも平成の時期は、人権保障が発展しなかったとの回顧をせねばならないようです。いや、そのような結論は性急すぎるといわれかねないので、判例集を繰ってみましょう。すると、昭和期に比べれば、最高裁判所による違憲判断の回数が増しているとはいえるものの、平成になって人権保障がかなり進んだという評価はできないことを確認しました(注3)。とりわけ、新たな法制度を誕生させて、社会での人権保障を活発化させているとはいえない状態です。そのことをここで詳細に語るゆとりがないのですが、そのような私の評価が基盤となって、本コラムでは、なるべく冷静に、人々に身近な問題をとりあげて論じてきております。

(注3)このコラムは、憲法研究者や法学生に向けて論述してはいないので、憲法判例の動向に立ち入って分析することをしませんが、興味ある方は、たびたび触れている戸松秀典=初宿正典・憲法判例第8版(有斐閣 2018年)の判例索引欄を開き、「最大判平成・・・」の判例を拾って、本文に当たってみて下さい。それに該当する判例はそれほど多くなく、違憲判決が出て、人権保障が発展しているとはいえないことが確認できます。

 そうした論述の過程で、いつも気になっていることをここで指摘しておきます。それは、日本の社会では、人権意識について、独特の状態があり、それが人権保護の推進の妨げとなっているのではないかということです。一言でいえば、個人を尊重する意識がともすれば団体や組織の利益を維持する意識の方に譲ってしまうということです。これについては、すでに本欄の第14回で触れたことに関連するので、思い出していただければ幸いです。そこでは、具体例として、会社でのあいさつ、また上司や同僚の呼び方をあげ、個人主義が浸透しているとはいえないことを示しました。ここでさらにそれに似た具体例をあげると、個人が会社や組織・団体の名称を人前であげるとき、〇〇会社さんとか、××大学さんといったようにあたかも人であるかのような呼び方をします。私は、これが耳にはいるとき、まったく奇妙に響きます。

 先日も、甲子園の高校選抜野球大会での試合を前にインタビューを受けた監督が、相手チームを「△△さんはかなり強力ですから・・・」などと答えていて、それを聞くと不快となりました。その感情の背景には、以前から抱いていた高校野球に対する実情を問題視していたことがあります。すなわち、高校野球ではチームの勝利、学校の名誉が最優先となり、そのためにチームの各選手個人がスポーツマンとしていかに成長していくかの配慮は犠牲となることが少なくないからです。幾人かの名選手、有力選手が、甲子園での大会を人生の最後に等しい場所として燃え尽き、消耗をさせられることをよく見ているからです。もっとも、最近、やっとそのことが取り上げられ検討されるようになっていますが。

 いま、高校野球の話に焦点が当たりそうになっていますが、日本の社会では、会社や組織の活動において、同様な、すなわちその構成員や所属の人間について、個人を尊重し、人であることの認識を重要な価値であるとしていない状態が観察されます。その価値を前面にだすと、団体や組織を軽視しているとの誤解を受けるので、じっと我慢することになっているようです。相手をさん付けで呼ばないといけないなどとは決まっていないのに、そうすることが社会での決まりで、反抗してはいけないという思いが支配しているようです。

 人権保護の実践や人権保障の意義についての啓発に努める機関は、よく、人権意識を高めるためにはどのような方策が必要か、また、効果的か、あるいは、人権尊重の理念を広く国民に浸透させていくためには、どのような手法や方策があるか、といった問いかけをします。これに対して異議を唱えるつもりはありませんが、平成の時代をとおして、さらには昭和の時期においても、ずっとこのような問いかけがなされてきたものの、その成果はあまり認められないのではないでしょうか。そこには、上であげたように、社会では、個人を重んじるよりもまず、団体や組織をさん付けで呼ぶ姿勢が求められ、支配しているからではないでしょうか。

 さて、はじめに述べたように、区切りのよい時期だからといっていつもと異なる論調となってしまいました。以上のことは、もっとことばを尽くさないと理解していただけないかもしれませんが(注4)、話を、平成を振り返って憲法秩序のあり方を考えるテーマに戻します。

(注4)さん付けで呼ぶこと自体は、自由ですが、私が問題としているのは、その風潮の流れに抵抗なく従い、団体や組織の構成者であり担い手である個人に対する尊重の念が不在であることです。

3 停滞や低迷の打開

 人の権利や自由の保護を発展させるためには、以上で指摘したように社会での人々の意識がおおいに関連します。しかし、これとともに、人権意識を反映させた立法機能の展開が不可欠であることも忘れてはならないのです。このことも、これまでの本欄で指摘してきました。そして、残念なことに、ここにも停滞とか低迷と呼べる状態がみとめられます。

 夫婦同氏制度に選択的夫婦別氏制を導入することは、最高裁判所も指摘しているように国会の仕事です。しかし、国会にその動きが認められません。国会の立法機能を担う議員の間で、人権意識の停滞や低迷がみられることは、この夫婦同氏制の改革への動きにも反映されているようです。

 そこで、また、本欄で関心を寄せた性差別問題や女性議員の過少問題の解消に、また、選挙での議員選出過程や選挙運動の問題に、さらには、抜本的改革に該当する衆参両院の存在の再検討などといったことに考えが及びます。しかし、ここにも停滞や低迷が存在し、なんだか明るい気持ちになれません。これを打開する道を探るのが、本欄の目的でありますが、読者の協力も必要だと願っています。

  一人の人間として他者に敬意をいだくこと。これは憲法秩序形成のための基本理念だといえるはずですが、上であげた具体例に照らすと、どうも日本の社会には、そういった人の心の基本が不十分であるように思えてなりません。じっと我慢し忍ぶことや、世の流れに抵抗せず従うことが美徳だとして、これが人権の発展の妨げとなっているように思えてなりません。

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)『憲法判例(第8版)』(有斐閣、2018年)、など著書論文多数。

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