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個人情報――その保護、自己管理、そして活用規制(第21回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

1 個人情報の現状

 先日、興味深い内容の新聞記事を読みました。それは、「個人情報利用に対価を」という見出しのもとに、「データは現代の石油 所有者への還元必要」との副見出しが付された記事(注1)です。そして、「米国経済で今、最も急成長している分野は何だろうか。答えは個人のデジタルデータの収集、分析、販売だ」との論述にはじまり、新聞1頁の半分以上のスペースを占めて、見出しについての具体的内容が展開されています。これを読んで、私は、直ちに日本の個人情報や個人のデジタルデータの現状について考えさせられました。もちろん、その記事の掲載の意図は、読者にこれを求めていることでしょうが。

(注1)これは、日本経済新聞2019年4月10日に搭載のFINANCIAL TIMESのコラムの翻訳記事で、筆者は、グローバル・ビジネス・コメンテーターのラナ・フォルーハーです。

 個人のデジタルデータの収集、分析、販売は、米国同様、日本経済でも急成長しているといえるでしょう。経済分野については素人である私でも、日常のマスコミ報道に照らすと、そのように断言できます。また、ネット販売を利用したり、スマホを利用したりしている知人との体験談からも、そのことが推測できます。
 問題なのは、個人のデジタルデータがプラットフォーマーと呼ばれる巨大IT(情報技術)企業によって収集、分析、販売されている状況について、個人はほとんど統制や管理ができないことです。その状況を観察すると巨大IT企業は、おおきな利益を得ていることが分かるのですが、このままでよいのかという疑問がわきます。前掲の記事では、「現在の伸びが続けば、2022年までに個人情報から上がる収入は1977億ドルに上り、米国の農業生産額を超えることになる」と、説かれています。注目すべきは、そこであげられている収入額は、GAFA(注2)に代表されるアメリカにおける巨大IT企業が獲得することであって、個人でも日本の企業でもないことです(注3)。

(注2)GAFAとは、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コムを指します。
(注3)中国のバイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイも、GAFAに対抗ないし匹敵する働きをし始めていることも無視できないのですが、個人の価値を重視しないその国の状況については、ここで立脚している価値観と異なるので、別の機会に扱うことにします。

 巨大IT企業が個人の情報ないしデジタルデータを元におおきな利益をあげているということは、個人情報の性格が変わっているといえます。すなわち、従来は予想もしなかった財産価値が個人情報に生じているということです。前掲の記事では、個人データが現在では石油に匹敵する資源だと捉えて、それ故、利益を企業が独占すべきでなく、個人に還元すべきだと説いています。この指摘は、日本においても変わりないといえます。
 このように、個人のデジタルデータにかかわる状況に対して、抱えている問題を解決するためには、従来とは異なる観点を取り込んだ法制度の構築が必要となっております。しかし、本コラムでたびたび指摘してきたように、日本では新たな問題に対して独自に、工夫した対応ができないようで、諸外国、とりわけ西欧の展開を追いかけることになります。

2 個人情報の権利に関わる法制度

 個人のデジタルデータに対する法制度を考える前に、日本ではこれまでに個人情報の保護とか個人情報の権利の保障として扱われてきたところを、概略ながらみておくことにします。
 個人の情報を他者が本人の意思と関係なく勝手に扱ってはならない、つまり、個人情報の保護が必要だとの認識は、前世紀の後半頃から西欧の影響を受け、また、西欧からの圧力に応じて日本でも浸透してきました。そこで、まず全国の自治体における個人情報保護条例により、次に、国の個人情報保護法(注4)により、個人情報保護の法制度が設けられ、個人情報の適正かつ効果的な活用がなされるように努めることになっております。

(注4)国の個人情報保護法とは、2003(平成15)年制定の、個人情報の保護に関する法律、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律、および、独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律のことを指します。

 その法制度の具体的運用の様相については、ここで簡略に説明できない多様さ、複雑さに満ちているのですが、自己情報を他者による自由で気ままな扱いに委ねない、つまり自己情報を管理する権利(自己情報コントロール権と呼ぶ)が法制度において設けられたことが重要です。その具体的内容は、行政機関に対しては、自己情報についての開示請求権、訂正請求権、および利用停止請求権であり、行政機関以外の企業などに対しては、個人情報について、その利用目的の特定、その利用目的による制限、その取得に際しての利用目的の通知等が設けられています。この法制度の実施は、かなり活発になされてきていますが、コンピュータ機器の進歩と普及、さらに携帯電話からスマートフォンへ変化したことによって、いわゆる情報化社会の進展がめざましく、前述1で注目したいわゆるデータ社会になっているわけです。
 要するに、既存の法制度では、データ社会での様々な問題に対応できなくなっているわけです。個人情報の保護という発想や、個人情報のコントロール権の行使だけでは対応できない状態となっております。ただし、個人の情報コントロール権は、法制度で保護された権利という性格にとどまらないで、憲法13条に根拠をおく人権として認められていることは重要です(注5)。しかし、人権だからといってその権利の行使や保障の在り方が容易に導き出されわけでなく、新たな法制度の構築が必要です。

(注5)最高裁判所は、住基ネット(住民基本台帳ネットワークのこと)訴訟に対する判決で、個人情報保護の権利が憲法13条の保障の対象となることを認めています(最一小判平成20年3月6日民集62巻3号665頁)。

3 今後の課題――個人データの活用制限

 以上みたところから明らかなように、個人情報の権利を保護する制度の改革が必要となっています。また、個人情報が個人データと呼ばれるように変化していることに対応して、西欧では急速な法制度の改革がなされていて、日本ではその影響を受け、政府は、改革の動きをみせております。それは、本コラムで指摘しているように、迅速さを欠いていますが、注目する必要はあります。以下に、主要な動向をあげておきます。
 政府は、2020年に向けて個人情報保護法の改正を検討していて、その内容の一つがIT企業に対して、個人からの利用停止要求に応じることを事業者に義務付けることです。企業が収集する住所や氏名といった個人情報について、広告などへの利用停止を個人が求めた場合、応じるよう義務付けることがその内容です。
 また、巨大IT企業が個人に不利な条件をのませることに対し、独占禁止法を適用する方針を示したとの報道もあります(注6)。GAFAのような巨大IT企業は、日本の市場で活動していることは、日常生活でよく知られ、それとの関連を持たざるを得ないことは、PCやスマホを利用している人が強く感じ、体験しているので、説明するまでもないことです。そして、そのような巨大IT企業とまではいえないIT企業でも、個人データの独占的活用が生じやすく、これへの規制は、喫緊の課題となっています。

(注6)日本経済新聞2019年4月18日朝刊。

 さらに、注目したいのは、「忘れられる権利」についてです。これは、個人が自分のデータを消すよう求める権利です。欧州連合(EU)の一般データ保護規則(GDPR)が参考になっていますが、改正原案では取り入れることを見送ったと報じられています(注7)。そこには、個人よりも企業の利益を重視する日本的傾向が表れており、本コラムで問題としている個人主義の価値の軽視といえるのではないかとの疑念が生じます。

(注7)日本経済新聞2019年4月25日朝刊

 前回の本コラムの最後の箇所で、「一人の人間として他者に敬意をいだくこと。これは憲法秩序形成のための基本理念だといえるはず・・・」と述べました。このことは、今回のテーマに関しても当てはまるのではないかと思います。前項であげた個人情報の保護に関する法律の3条も、基本理念として、「個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることにかんがみ、その適正な取扱いが図られなければならない」とうたっています。そこで、今、求められているのは、この理念の具体的実現です。
 ここで言及した個人情報ないし個人データの扱いに対する法的規制の在り方は、現在、検討が進行中ですので、その方向に大いに注目する必要があります(注8)。できたら、本コラムでも再度目を向けるつもりです。

(注8)改革の動向については、ネット情報での確認もしているが、以上ではとりあえず新聞記事の所在を記した。

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)『憲法判例(第8版)』(有斐閣、2018年)、など著書論文多数。

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