平成時代
「平成」は、2019年4月30日に幕を閉じた。天皇の容態急変で突如終わった「昭和」に比べて、譲位による代替わりだったため、落ち着いた気分で、その日を迎えた人も多いだろう。新元号「令和」を寿ぐ雰囲気の中で、平成を回顧する本の出版が相次いだ。
平成が終わって間もない5月末に刊行されたのが、『平成史【完全版】』(河出書房新社)だ。ずいぶん手回しがいいと思ったら、編著者の社会学者、小熊英二さんによると、2011年に共同研究会を開き、2012年に『平成史』を刊行、14年に増補版、そして今回が最終版とバージョンアップしてきたということだ。
政治、経済、社会保障、教育、外国人・移民など、テーマごとに研究者が論文を寄せている。平成とはどんな時代だったのか。小熊さんは総説で一言こう表現している。
「平成」は、一九七五年前後に確立した日本型工業社会が機能不全になるなかで、状況認識と価値観の転換を拒み、問題の「先延ばし」のために補助金と努力を費やしてきた時代であった。
経済学者、野口悠紀雄さんの『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎)、同じく経済学者、金子勝さんの『平成経済 衰退の本質』 (岩波新書)、経済記者として現場を見てきた西野智彦さんの『平成金融史』(中公新書)など、経済から平成を総括した本に共通しているのは、「失敗の時代」であり、「失われた30年」という見方だ。
トータルに平成を把握しようという本の代表が社会学者、吉見俊哉さんの『平成時代』(岩波新書)だ。評者はこの本の見出しを「『失われた半世紀』にしないために」とした。「平成」という「失敗の博物館」を一冊のなかに表現するという野心作であり、多くの平成回顧本の中から一冊選べと言われたら、本書を勧める。
「没落する企業国家――銀行の失敗、家電の失敗」「ポスト戦後政治の幻滅――『改革』というポピュリズム」「ショックのなかで変容する日本――社会の連続と非連続」「虚構化するアイデンティティ――『アメリカニッポン』のゆくえ」という構成で、吉見さんは「失敗」というキーワードとともに「ショック」という見方を導入する。
89年を頂点にしたバブル経済の崩壊、95年の阪神・淡路大震災とオウム真理教事件、2001年のアメリカ同時多発テロと国際情勢の不安定化、2011年の東日本大震災と福島第一原発事故、この4つのショックを切れ目にして、平成を4期に時代区分している。
そして、こんな不気味な予言をしている。
「これから起きるのは、不均等な発展ではなく、不均等な衰退なのだ。日本全体が生産力を失い、人口が減少していくなかで、それでも東京は地方の人口を吸い寄せ続ける。もう地方では東京に吐き出す人口は払底しているし、東京に集まっている人口もすっかり老いており、かつてのような眩さはまるでない。比喩ではなく、地方は死に絶え、東京にも死が迫っている。それでもなお、この集中は国が滅びるまで続くのだ」
気が重くなるが、平成の失敗に向き合うことからしか、次の時代の行動は始まらないだろう。
わかりやすく平成史をまとめたのが、ジャーナリスト後藤謙次さんの『10代に語る平成史』(岩波ジュニア新書)、ほかに『日本と世界の今がわかる さかのぼり現代史』(朝日新聞出版)がある。若い読者にお勧めだ。
平成の時代、暮らしがどう変わったかについては、『生活者の平成30年史』(日本経済新聞出版社)が詳しく分析している。
芸能分野では、朝日新聞で長く放送、メディアを担当してきた川本裕司さんの『テレビが映し出した平成という時代』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、ラリー遠田さんの『教養としての平成お笑い史』(同)が面白かった。
ルポルタージュとしては、『平成の東京 12の貌』(文春新書)が、2020年の東京五輪を前に変わる巨大都市、東京の姿を活写。『現場検証 平成の事件簿』(柏艪舎)が、平成に起きたさまざまな事件をフォローしている。
文学作品では芥川賞候補となった社会学者、古市憲寿さんの『平成くん、さようなら』(文藝春秋)や朝井リョウさんの『死にがいを求めて生きているの』(中央公論新社)に、平成の若者の心のありようが映し出されている。
昨年末(2018年)に出た政治学者、片山杜秀さんの『平成精神史』(幻冬舎新書)で、片山さんは「国家や資本主義にとって国民が足手まといになる。そんな時代が世界的に急激に進んだのが、日本の元号では平成に相当する時代でしょう。次の元号のうちにはそのことがいよいよ露わになるのではないかと予想します」と書いている。
平成を振り返る上で忘れられないのが、平成の天皇、皇后両陛下のたたずまいだ。『旅する天皇 平成30年間の旅の記録と秘話』(小学館)には、お二人がどのように国民に向き合われたのか、そのご様子がつまびらかに描かれている。
評者の個人的な関心で言えば、平成とは「JR」の時代だった。1987年(昭和62年)国鉄からJR各社に切り替わり、さまざまな新しい施策が行われた。『どう変わったか? 平成の鉄道』(交通新聞社)にその変化がうかがえる。
新しくなったのは駅や路線、車両ばかりではない。職場や労働組合も変わった。その最深部をえぐったのが、日本経済新聞の元社会部記者、牧久さんの『暴君 新左翼・松崎明に支配されたJR秘史』(小学館)とノンフィクションライター西岡研介さんの『トラジャ JR「革マル」30年の呪縛、労組の終焉』(東洋経済新報社)だ。2冊ともにJR東日本の労働組合に新左翼セクト、革マル派がいかに浸透し、影響力をもつに至ったかを粘り強い取材で明らかにした労作だ。
平成とJRの歴史はほぼ重なっていたのである。
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