平成が終わってまだ間もないのに『平成史【完全版】』(河出書房新社)とは、ずいぶん手回しのいい刊行だと思ったが、編著者の小熊英二さん(慶應義塾大学総合政策学部教授)による序文を読み、仕掛けがわかった。本書はもともと、2011年から1年にわたる共同研究会を経て、2012年10月に『平成史』(河出ブックス)として刊行された。その後、2014年に、「経済」と「外国人」の章を加えて増補版を出し、今回はさらに改訂した最終版ということだ。
平成史と言っても、時系列で追った通史ではない。政治、経済、教育などのテーマごとに研究者が平成の特徴を抽出した論文集の体裁をとっている。厚さ約4.5センチ、611ページのボリュームがある。
昭和史と言えば、戦争に至る歴史を描いた『昭和史』(岩波新書)という名著がある。昭和が戦争とそこからの復興の時代であったという位置づけには異論がないだろう。ならば、平成とはいかなる時代だったのか。小熊さんは「総説」において、一言でこう表現している。
「平成」とは、一九七五年前後に確立した日本型工業社会が機能不全になるなかで、状況認識と価値観の転換を拒み、問題の「先延ばし」のために補助金と努力を費やしてきた時代であった。
老朽化した家屋の水漏れと応急修理のいたちごっこに例え、「濡れ落ちた人びと」が増え、格差意識と怒りが生まれ、ポピュリズムが発生しているとも。
各テーマもそれぞれ力の入った論文なので、執筆者とテーマ、見出しを紹介したい
・菅原琢(政治学者)・・・「政治」 再生産される混迷と影響力を増す有権者 ・井手英策(慶應義塾大学経済学部教授)・・・「経済」 「勤労国家」型利益分配メカニズムの形成、定着、そして解体 ・中澤秀雄(中央大学法学部教授)・・・「地方と中央」 「均衡ある発展」という建前の崩壊 ・仁平典宏(東京大学大学院教育学研究科准教授)・・・「社会保障」 ネオリベラリズムと普遍主義化のはざまで ・貴戸理恵(関西学院大学社会学部准教授)・・・「教育」 子ども・若者と「社会」とのつながりの変容 ・濱野智史(情報環境研究者)・・・「情報化」 日本社会は情報化の夢を見るか ・ハン・トンヒョン(日本映画大学准教授)・・・「外国人・移民」 包摂型社会を経ない排除型社会で起きていること ・小熊英二・・・「国際環境とナショナリズム」 擬似冷戦体制と極右の台頭
興味を持ったテーマから読めばいいだろう。評者は「教育」の貴戸論文に興味を持った。日本では「組織のメンバーであること」を重視する「メンバーシップ主義」が学校と企業を貫いてきた、と指摘する。1980年代までは、学校と企業が成功しすぎた社会だという。
学校は平等で開放的であり、学力は高くばらつきが少なかった。企業は学校経由の新卒一括採用によって質の高い労働力を確保できた。ところが「失われた10年」と呼ばれる90年代初頭から2000年代初頭にかけて、若年層の雇用が急速に不安定化し、「学校から仕事への移行」が揺らぎ、「誰もが濡れ落ちうる」状況になった。その中でも非大卒者と女性という「特定の存在が漏れ落ちやすい」状況が並行して出現。さらに、女性フリーター、低学歴者、低所得家庭出身者、学校中退者、不登校者らが「問題化されない」という差別を受けたという。
貴戸さんは、「メンバーシップ主義」は、もはや利点のほとんどを失い、欠点ばかりだという。学校と企業の役割を切り分けるべきだと結論づけている。また不登校運動には「学校・企業=社会」という「メンバーシップ主義」への批判があったが、その言説にも更新が求められており、学校と企業にとらわれない別の「社会」を模索していく必要があると結んでいる。
小熊さんは、「日本は冷戦安定期にもっとも栄えた国であり、冷戦後のグローバル化と国際秩序変化に対応できなかった国」であり、後者の歴史が「平成史」だとしている。評者の世代は昭和末期のバブルの頂点と平成初期のバブルの崩壊を経験している。だから平成はひたすら右肩下がりの時代という印象がある。令和はさらに人口減が問題になりそうだ。日本はまだ問題を「先延ばし」するのだろうか。
本欄では『10代に語る平成史』(岩波ジュニア新書)、『平成精神史』(幻冬舎新書)を紹介済みだ。
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