鉄道好きを「鉄ちゃん」という。事件好きは何と呼ぶのか。今のところ特に名はない。「事件」の件から「件ちゃん」、もしくは、「現場」が好きなので、「現ちゃん」ではどうだろうか。本書『現場検証 平成の事件簿』 (柏艪舎)はそんな「件ちゃん」もしくは「現ちゃん」の本だ。
平成の時代に起きた代表的な事件、25件をたどっている。トップに登場するのは「東京・埼玉幼女連続誘拐殺人事件」。昭和の最後から平成にかけて起きた事件なので、平成を象徴しているといえる。宮崎勤の名前は犯罪史にも、人々の記憶にも深く刻まれている。
続いて、「足利事件」「女子高生校門圧死事件」「信楽高原鐡道で衝突事故」「市川市の一家四人惨殺事件」「世界を震撼させたオウム犯罪」「神戸須磨児童連続殺傷事件」などを次々とフィードバックしていく。写真や地図も豊富に掲載されている。
著者の合田一道さんは元北海道新聞記者。1934年生まれというので、今年85歳になる。かなり高齢の「件ちゃん」だ。平成が始まった時にすでに55歳なので、登場する事件の大半は発生当時に自分が取材したものではない。
合田さんは「現場」にとりつかれた元記者だ。過去の著書に『日本史の現場検証』(扶桑社)、『日本史の現場検証 明治・大正編』(同)、『現場検証 昭和戦前の事件簿』(幻冬舎)、『激動昭和史 現場検証 戦後事件ファイル22』(新風舎)『昭和史の闇<1960-80年代>現場検証 戦後事件ファイル22』(同)と、「現場検証」ものが5冊もある。本書はその延長線上に書かれている。
「現場検証」というタイトルからも分かるように、著者はなるべく現場を再訪するようにしている。宮崎勤の家族は逃げるように地元を去り、実家も消えている。宮崎が最初の事件を起こしていたころ、偶然、実家周辺で宮崎に会ったという人の回顧談なども掲載されている。責任を痛感した父親が自殺したということは知られている。和歌山カレー事件の地元の小学校では、今も給食にカレーを出していないという。
著者が特にこだわりを持って紹介している事件もある。例えば「北海道旧土人保護法」。1899年に施行され、1997年に廃止された。「事件」そのものではないが、悪質な「人権侵害史」をつくってきた法律だと、厳しく糾弾する。
著者が初めてこの法律を目の当たりにしたのは1975年、旭川市で北海道新聞報道部次長をしていた時だ。「これを見てください」。若い記者が取材で入手した人物の戸籍謄本を手に駆け込んできた。「旧土人」の印が押されていたのだ。他人の戸籍など滅多に見る機会がないから、周囲の記者たちもびっくりしたという。
たしかに戸籍に「土人」と刻印されては、たまらない。しかし、アイヌ民族の人たちは100年近く、その仕打ちを受けながら耐えてきた。これは日本政府が犯した「犯罪」というわけだ。
もう一つ「優生保護法と不妊手術」も取り上げられている。これも「重要な人権侵害史」と強調している。旧優生保護法の名のもとに、1948年から96年にかけて、障害や精神疾患がある人に強制的に避妊手術をしていたことが2018年になって大きな問題になった。日弁連によると、その数は約1万6500人。
特に多かったのが北海道で2500人を超えていた。「不幸な子供を産まない道民運動」を道が率先して展開していたからだ。「他府県に比し、群を抜き、第一位」と小冊子で自慢していた。今では各地で訴訟が起きて、厚労省が賠償に向けて対応を検討しているという。
著者は「あとがき」でもう一つ、書ききれなかった「事件」を取り上げている。それは「特定秘密保護法と集団的自衛権」だ。事件でも事故でもないが、あるいはこれが平成以後の「最大の事件」に変貌する恐れがあると、著者は危惧する。「戦時中、戦地に赴く若者たちに、日の丸の旗を振り、万歳、万歳と叫んだ少年の日を、著者は、打ち震えつつ思い出す」と書いている。
本欄では、神奈川県相模原市で起きた「障害者施設やまゆり園殺害事件」関連で辺見庸さんの『月』(株式会社KADOKAWA)、オウム事件では島田裕巳さんの『「オウム」は再び現れる』(中公新書ラクレ)、さらに『肉声 宮﨑勤 30年目の取調室』(文藝春秋)など多数の関連書を紹介している。また、強制避妊については『探査ジャーナリズム/調査報道 アジアで台頭する非営利ニュース組織』(彩流社)、アイヌについては『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』 (集英社新書)なども紹介ずみだ。
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