最近「ワセダクロニクル」という名前をしばしば見かけるようになった。HPによると、早稲田大学ジャーナリズム研究所のプロジェクトとして、2017年2月1日に発足し、創刊特集「買われた記事」をリリース、発足1年を機に独立した「ジャーナリズムNGO」だという。市民が支えるニュース組織を目指し、既成メディアではできないジャーナリズム活動を展開していく、というのがモットーだ。
そのワセダクロニクルが中心となって刊行したのが本書『探査ジャーナリズム/調査報道 アジアで台頭する非営利ニュース組織』(彩流社)だ。
調査報道についてはなじみがあるが、「探査ジャーナリズム」というのは聞いたことがない、という人がほとんどではないか。ワセダクロニクルによると、「政治的・経済的・社会的権力が公開されることを望まずに意図的に隠している事実(fact)、またはそれら権力が偶発的に隠している事実を、気づき、調査し、発掘し、ストーリー(story)として構成したニュース(news/article)を最終的に公衆(public)に向けて暴露する(reveal)、事実探査型のジャーナリズム活動を指す」。こうした活動を通じて、「市民社会(civil society)の利益に立って、世界の改善・改良に貢献していくこと」を目指している。
「調査」だと、英語では「research」になり、軽い感じだが、「探査」だと「Investigative Journalism」、掘り下げる感じがある。
ワセダクロニクルはすでにシリーズ記事として、「強制不妊」「製薬マネーと医師」「石炭火力は止まらない」「検証東大病院 封印した死」を発信している。知的障害者や精神障害者を対象に、本人の同意がないまま不妊手術を行っていた「強制不妊」では、毎日新聞の「キャンペーン報道『旧優生保護法を問う』」が2018年の新聞協会賞を受賞した。ワセダクロニクルもこの問題の追及を続けており、NGO反貧困ネットワークによる「貧困ジャーナリズム大賞」を受賞している。編集長など主要メンバーには、朝日新聞の特別報道部で調査報道を経験した記者がおり、既存メディアからしても気になる存在だということがわかる。
本書はそうした気概と実績を持つ新しい独立系のジャーナリズム組織が、副題にあるように「アジアで台頭する非営利ニュース組織」に注目し、近況をまとめたものだ。第一部では韓国や台湾のジャーナリストも寄稿しており、第二部は内外の研究者やジャーナリストによって行われたシンポジウムの再録が軸になっている。
探査ジャーナリズムの大きな潮流については、花田達朗・早稲田大学名誉教授の「まえがき」がわかりやすい。米国では20世紀の終り頃から探査ジャーナリズムの運動が起きるが、拍車がかかったのはリーマンショック以降だ。新聞・テレビの経営悪化でマスメディアを去ったジャーナリストたちが新たに非営利のニュース組織を立ち上げた。米国ではそうした活動に助成金を出す財団がいくつもあることが大きかった。
一方、アジアでも独自の動きがあった。フィリピンでは早くも1989年に「フィリピン探査ジャーナリズムセンター」が発足、英語で発信しているので欧米でも認知された。さらに2012年、韓国では「ニュース打破」が労働組合の一室でひっそり発足、台湾では15年に「報導者」が登場した。そして17年にワセダクロニクル、という流れだ。ワセダクロニクルはすでに世界探査ジャーナリズムネットワーク(GIJN)のオフィシャルメンバーとなっている。
気になるのはビジネススキームだが、韓国の「ニュース打破」にはすでに4万人の会員がいるという。ワセダクロニクルは、クラウドファンディングや助成金などで資金調達を図っているが、苦労しているようだ。朝日新聞の南彰記者と東京新聞の望月衣塑子さんが最近出した共著『安倍政治 100のファクトチェック』 (集英社新書) には、売上の一部はファクトチェックを推進する団体に寄付すると書いてあったが、ワセダクロニクルも含まれているのだろうか。
本書で花田氏は、「国境なき記者団」が2016年の世界各国の報道の自由度ランキングで日本を72位に位置付けたことに注目している。前年の61位からさらに落ちてOECD諸国の中では最低だった。花田氏は「日本政府が報道の自由を余り尊重せず、政府の透明性が低いということを言っているばかりではなく、日本のメディアの報道、その権力監視の能力が低く、世界で72位ということを言っているのに等しい」と指摘する。しかしながら日本の「マスコミ」は後者への反省と自覚がほとんど見られず、「どこか他人事」とあきれている。
もちろん大手メディア内にも特別報道部のようなものがあり、調査報道、探査報道を心がけている記者もいるわけだが、そのセクション自体が、既存の記者クラブの記者にとっては自身の領域を荒らすものと受け止められ、目の敵のようになっていることも本書では指摘されている。
本欄ではメディア関連の新しい動きとして『日報隠蔽――南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(集英社)、『ルポ タックスヘイブン――秘密文書が暴く、税逃れのリアル』 (朝日新書)、『権力と新聞の大問題』(集英社新書)、『武器としての情報公開』(ちくま新書)、『フェイクニュース』(角川新書)なども取り上げている。
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