酒販店の一角に今で言うイートインコーナーのような場所を設け、そこで酒を提供する「角打ち」がかつては各地あった。場所によってはいまだ健在だが、この角打ちから派生して大衆居酒屋に発展したという。時代が進むにつれて居酒屋はチェーン店の進出が顕著になり、いまではどこの駅前でも、外食大手によるチェーン店の看板が目立つようになっている。
チェーンの居酒屋が街に目立ち始めたのは数十年前からのことだが、これまでの間に、その顔ぶれはずいぶんと変わっている。居酒屋業界は人気チェーンが目まぐるしく入れ替わり、終わりのない戦国期にあるという。本書『居酒屋チェーン戦国史』(イースト・プレス)は、これまでの各店、各社の旗揚げから、勃興、それらの間の激しい攻防戦を追ったもの。ちょっと前までは赤いものだった看板が、突然黄色いものに変わった理由が良く分かる。
老舗居酒屋チェーン「つぼ八」といえば、一時は「好きです!つぼ八」のテレビCMも盛んで、居酒屋の代名詞的な存在だった時代もあったが、新興のチェーンに押されて影が薄まり、この10月末にはついに売却が発表された。売却先はイオングループに連なる居酒屋チェーンの会社だ。
つぼ八は2000年ごろにはフランチャイズを中心に全国に500店以上を展開していたが、最近では別業態の店を合わせても系列店舗数はその半数以下になっていたという。オーナーの高齢化もあり、店のあり方が時代に追いついていけなくなったものだ。
本書によれば、つぼ八は、1970年ごろに始まった居酒屋業界のチェーン化の第一世代に属し、「養老乃瀧」「村さ来」とともに「御三家」の一角を成した存在。そのことを知ると、今回の売却はまるで、戦国時代の下剋上のようでもある。
つぼ八は「居酒屋の神様」といわれる起業家、石井誠二氏が創業。石井氏はつぼ八を離れてから他の居酒屋を創業して成功させ、業界ではカリスマ視されている。「白木屋」や「魚民」「笑笑」「山内農場」などのチェーンを展開し居酒屋業界トップに立つ「モンテローザ」の創業者、大神輝博氏や、大手「ワタミ」創業者、渡邊美樹氏がともにつぼ八のフランチャイズ・オーナーからスタートして成功した歴史を振り返ると、つぼ八は今回の売却以前から、居酒屋戦国史の早いうちに下剋上に遭っていたことになる。
居酒屋業界では、後発業者による「二番手商法」が当たり前のようになっており、時にはそれがえげつなくなる。新規出店を軌道に乗せるのは人気店のマネが近道。業界では「T・T・P」(徹底的にパクる)という隠語があるほど。つぼ八も、このT・T・Pのターゲットになったようで、同じような赤い看板が夜の街に連なったこともあった。
このところは、低料金、均一価格で台頭した「鳥貴族」が、徹底的にパクられているのか、街には赤い看板に代わって黄色い看板が目立つようになっているようだ。
つぼ八や養老乃瀧、村さ来の、第一世代「御三家」が天下取りを争う以前には、元祖チェーンとして「鮒忠」があるという。本書は、1950年に、東京・浅草の北、千束で開業した、この鮒忠から説き起こし、第一世代それぞれのチェーンの成り立ちから成長ぶりを詳述。そしてその後の、モンテローザやワタミに、「甘太郎」「三間堂」「北海道」などを展開する「コロワイド」を加えた「新御三家」の事業展開の妙などを明かす。
本書によれば、戦国時代はまだまだ続いており、新御三家とて安閑としてはいられないという。「全品均一料金」や低価格をウリにする鳥貴族などのチェーンや、海鮮専門など仕入れルートをいかした新たな業態で侵攻を試みるチェーンもある。
著者は、外食業界や居酒屋業界を約30年間にわたり取材してきた外食ジャーナリスト。自らの仕事の集大成として、これまでほとんど明らかにされなかった「居酒屋チェーンの歴史」をひもとき、それらの興亡を追った労作だ。チェーン店のそれぞれは客として親しみがあったり、名前は知っていたりするだけに書かれていることはどれも興味深い。忘年会や新年会の席で、話のタネになるかもしれない。
居酒屋業界は外食産業のなかでも、産業化が最も遅れているブロックで、参入障壁が低い。それは、客の好みや人気次第で売上額が増減する「理屈の通用しない情緒的な世界」であり、格安の居抜き物件も少なくなく、素人でも簡単に開業できるからだ。だが、もちろん、だれもかれもが成功できるわけではない。「継続するのは非常に難しく、3年で5軒に2~3軒は閉店を余儀なくされる」など生存競争は厳しい。戦国期が常態の業界というわけだ。
その波にもまれた経験があるチェーンの創業社長はこう述べる。「居酒屋事業というのは、成功を約束してくれる特許があるわけではなく、初めに競争ありきの世界です。そして最後の最後まで競争の続く世界です」。
つねに戦国状態である大きな理由は、客単価が他の外食産業の数倍であり一発当たれば大儲けにつながるので若手起業家の参入が絶えないため。ファストフードでは約650円、ファミリー向けレストランだと約850円だが、酒類がウリの居酒屋では3000~3500円に跳ね上がる。
本書では、この戦国業界を勝ち抜いてきたチェーンについて個別にその戦略をみるほか、こうした業界内の激戦も一因である「ブラック批判」についても紙数を割いており問題提起をしている。
J-CAST BOOK ウォッチではこれまで、居酒屋や酒文化について、『酒は人の上に人を造らず』(中央公論新社)『新幹線各駅停車 こだま酒場紀行』(ウェッジ)『居酒屋ぼったくり』(アルファポリス発行、星雲社発売)などを紹介している。
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