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漱石の小説は文体の見本帳だ

漱石文体見本帳

 文豪として知られる夏目漱石だが、作品ごとに漢文調、美文調、写生文調、翻訳調といった多彩な文体を使い分けていたというのが、本書『漱石文体見本帳』(勉誠出版)のテーマである。漱石が活躍したのは、日本語の文章がつくられていった時代。同じ時代に生きた読者は、まずは漱石の文章を愛し、漱石は「文章家」として親しまれたという。本書は、漱石文学を「文体」からとらえた文章読本である。

 著者の北川扶生子さんは、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了(文学博士)。神戸大学助手、ロンドン大学客員研究員、鳥取大学准教授を経て、現在、天理大学文学部教授。主な著書に『漱石の文法』(水声社)、『コレクションモダン都市文化 第53巻 結核』(ゆまに書房)がある。

文体の効果を動詞で表現

 漱石の小説文体の特徴を10項目に分類して読み解いている。文体の効果を、ひとつの動詞で言い表し、章タイトルにしているのがユニークだ。それぞれ例文を掲げ、解説している。

 言文一致以前の文体については以下の6章。

 ねじふせる 漢文調 『虞美人草』
 誇張する おおげさに言う漢文調 『吾輩は猫である』
 こだわる 漢文調 『文学論』序
 ただよう 恋愛を演出する美文調 『虞美人草』
 ボケる 滑稽文・写生文調 『吾輩は猫である』
 訳す 翻訳調 『吾輩は猫である』

言文一致体による作品と技法については、以下の4章。

 歩く 描写 『文学評論』
 さらす 視点 『門』
 とどめをさす 隠喩 『こころ』
 ほどく 迂言法 『道草』

漢文の力

 たとえば、『虞美人草』について、「家庭のゴタゴタを、妖怪退治の文体で書いちゃった」という問題があり、漱石は漢文の文体の力で押し切った、としている。

 しかし、これは失敗だったようだ。「いかにもオオゲサで、時代錯誤だと感じられたのは、無理のないことだったでしょう」。

 『吾輩は猫である』について、「ギリギリの精神状態である自分を、キャラ化して笑うことで、何とか切り抜けよう、くつろごうとしてできた」作品であり、漢文調をギャグに使う江戸戯作の伝統が生きていた、と分析している。

 『虞美人草』や『吾輩は猫である』は、複数の章で例文がとられているが、ひとつの作品の中にさまざまな文体が使われていたことを示している。

英文学と漢学を捨てた漱石

 本書は漱石の文体の見本帳として意図されたが、はしばしで漱石の生き方を論じている。

 「漱石はさらに、新聞小説家として生きることで、英文学を切り捨てた自分も、英文学を相対化する足場としての漢学も否定し、そのことで近代小説というジャンルを切りひらいてゆきます。皮肉なことに、漱石の小説はだんだん、あれほどわからないと苦しんだはずの西洋近代小説に、近づいてゆきます」

 評者が興味深いと思ったのは、「とどめをさす」の章だ。漱石は「警句家」としても知られたというのだ。漱石の文章のなかから警句調・箴言調の部分ばかりを抜粋した「漱石警句集」のような本がいくつも出ていたことを紹介している。警句や箴言は知識人男性による凝縮されたレトリックだ。

 しかし、『門』あたりから漱石の小説に箴言が少なくなっていくという。北川さんは、20世紀はじめ頃からリアリズム小説が主流となり、箴言は不自然で過剰なものになってしまうからだと見ている。

 かわって存在感を増したのが、女たちの言葉だ。女たちの鋭い隠喩=認識に注目したのが、「とどめをさす」の章である。

 例文のほかにも、漱石の小説からの引用が多く、『道草』、『こころ』、『明暗』など代表作の内面描写について教わるところが多い。

 終章で北川さんは漱石に学ぶ意義をこう書いている。

 「自分の感覚を手放さない。権威をつくらない。自分の舌を信じて実験する。日本語の激変の時代に、言葉の世界でこの姿勢を貫いた漱石の姿は、『力に抗って自分の言葉をつかむ』ことが自分を支えるということ、そしてそのための工夫を、わたしたちに教えてくれます」

 BOOKウォッチでは、漱石関連で『漱石と鉄道』(朝日新聞出版)、『漱石がいた熊本』(風間書房)、『胃弱・癇癪・夏目漱石』(講談社選書メチエ)、『世界のなかの子規・漱石と近代日本』(勉誠出版)、『編集者 漱石』(新潮社)などを紹介している。

  
  • 書名 漱石文体見本帳
  • 監修・編集・著者名北川扶生子 著
  • 出版社名勉誠出版
  • 出版年月日2020年1月30日
  • 定価本体2800円+税
  • 判型・ページ数四六判・274ページ
  • ISBN9784585291893

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