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多くのユダヤ人を救った「K感染症」とは?

人類は「パンデミック」をどう生き延びたか

 本書『人類は「パンデミック」をどう生き延びたか』(青春文庫) は、感染症と人類の戦いを世界史や日本史を振り返りながらまとめたものだ。よく知られた歴史的事件の陰に、実は感染症が関係していたことを「読み物」として手際よく紹介している。歴史から学びとらなければならない教訓などについても記されている。

全文書下ろしの緊急出版

 著者の島崎晋さんは1963年生まれ。歴史雑誌の編集を経て、歴史作家として幅広く活躍している。『ウラもオモテもわかる哲学と宗教』(徳間書店)、『古事記で読みとく地名の謎』(廣済堂新書)、『ホモ・サピエンスが日本人になるまでの5つの選択』(青春新書プレイブックス)、『仕事に効く! 繰り返す世界史』(総合法令出版)、『ざんねんな日本史』(小学館新書)など著書多数。

 本書は、全文書下ろしの緊急出版だという。著者の豊富な歴史知識が存分に生かされている。巻末に多数の参考図書が掲載されている。BOOKウォッチで取り上げた『感染症の近代史』(山川出版社)、『病が語る日本史』(講談社学術文庫)などの名前も挙がっている。短時間でこれら多くの学術本を参照しながら、文庫本に仕立てるワザはなかなかのものだ。筆達者な人だと感心した。もともと感染症について相応の知識があったのだろう。本書は以下の構成になっている。

 第1章 「民衆」を不条理に蝕んだ感染症
 第2章 「都市・国家」を飲み込んだ感染症
 第3章 「歴史的事件」に潜んでいた感染症
 第4章 「世界の構図」をつくり変えた感染症
 第5章 「日本」のその後を決めた感染症

ナポレオンは「ロシアのシラミ」に負けた

 それぞれの章で、興味深い話が登場する。ざっと以下のような感じだ。

 〇「黒死病は神の与えた罰」と妄信した人々がとった異様な行動とは
 〇強制的な隔離・封鎖で起きた暴動
 〇不衛生で感染症の巣窟だったパリが「花の都」になるまで
 〇「スペイン風邪」にもあった買い占め騒動
 〇17世紀フランスで生まれた奇妙なマスク
 〇都市封鎖・自粛で生まれた大発明
 〇手洗いが非常識だった時代のある者の訴え
 〇人口が「3分の1に」「500人に」「ゼロに」......、先住民を襲った惨劇

 感染症と戦争や侵略の関係に、特に力を入れて書いている。たとえばナポレオンのロシア遠征。一般的には「ロシアの冬」に敗れたということになっている。60万人の遠征軍で少なくとも38万人が死んだ。島崎さんは、死因の最たるものは戦死や餓死ではないと指摘する。死者の3分の2が何らかの感染症で、一番多かったのはシラミが媒介する「発疹チフス」だった。最強を誇っていたナポレオン軍は実はシラミに負けたというわけだ。

 中南米やオーストラリア、ニュージーランドの先住民が、西欧社会の持ち込んだ感染症で壊滅的な打撃を受けたことはよく知られている。本書はそれぞれについて詳しく紹介している。しかもそれは、北アメリカも同じだったという。

 1620年、メイフラワー号がマサチューセッツ州に到着した時、すでに沿岸部の先住民はスペイン人によって持ち込まれていた感染症でほぼ全滅していた。ピルグリム・ファーザーズたちは、「神が感染症を遣わせて、われらの行く手を清掃し給うた」と感謝の祈りを捧げ、先住民の土地をやすやすと領有できたという。トランプ大統領に知っておいてほしいアメリカの歴史だ。ついでに言うと、20世紀初頭のスペイン風邪は、アメリカ兵がヨーロッパに持ち込んだというのが定説になっている。『猛威をふるう「ウイルス・感染症」にどう立ち向かうのか』(ミネルヴァ書房)などに出ている。

 北米大陸では18世紀中葉、英仏間の戦いも繰り広げられていた。イギリス軍は恐るべき戦法を使ったという。友好を装い、天然痘患者が使っていた毛布を、フランス軍と同盟を結んでいたインディアンに贈り、戦力ダウンを図ったのだ。世界初の生物兵器だという。

 同じく18世紀後半のアメリカ独立戦争では、戦線が拡大、アメリカがカナダも併合する勢いだった。しかし、アメリカ軍に天然痘が流行し、撤退を余儀なくされたという。この天然痘がなければ、カナダはアメリカになっていたかもしれない。

多数のエピソードやトリビア

 ナチスドイツが快進撃をしていた1943年、同盟国のイタリアでも、ユダヤ人狩りが広がっていた。そのころ突然、謎の感染症が発生した。

 この感染症は「K感染症」と呼ばれていた。患者はローマ市内を流れるテヴェレ川の中州にある修道院経営の病院に送られていた。実際のところ、どんな感染症なのか。あるとき、ナチス兵が調べに来た。スタッフは冷静に対応し、「K感染症」の患者の悲惨な状態を説明する。ナチス兵は早々に捜索を切り上げ、病院をあとにした。

 「K感染症」は、実は、院長らがユダヤ人をかくまうためにでっち上げた架空の病気だった。病院ではユダヤ人を保護していただけではない。レジスタンスの人たちとも連絡を取り合っていた。世界史上、この「K感染症」ほど多くの人命を救った感染症はないのだという。

 このように本書は、多数のエピソードやトリビアが満載。「人類と感染症」というテーマを、医学の視点ではなく、歴史の重要な主役としてクローズアップする。

 中世にヨーロッパでペストが流行した時は、「神が与えた罰」と思い込んだ人たちが「鞭打ち苦行行進」をしたり、憎しみの矛先をユダヤ人に向けて襲撃したりするなどの事件も頻発した。感染症の蔓延で不安と恐怖におののき、パニック化した人々がとった異常行為についても詳しく紹介されている。島崎さんは、これらは過去の話ではないと見る。今回の新型コロナについても、デマや根拠なき憶測、偏見、政治的発言などが入り乱れている。それゆえ、歴史に学び、「科学的かつ客観的な調査報告」に依拠して対応すべきことを強調している。

 BOOKウォッチでは関連で、『世界史を変えた13の病』(原書房)、『天変地異はどう語られてきたか――中国・日本・朝鮮・東南アジア 』(東方選書)、『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)、『人類と病』(中公新書)、『感染症とたたかった科学者たち』(岩崎書店)、『猛威をふるう「ウイルス・感染症」にどう立ち向かうのか』(ミネルヴァ書房)、『ウイルス大感染時代』(株式会社KADOKAWA)、『パンデミック症候群――国境を越える処方箋』 (エネルギーフォーラム新書)など多数紹介している。

  • 書名 人類は「パンデミック」をどう生き延びたか
  • 監修・編集・著者名島崎晋 著
  • 出版社名青春出版社
  • 出版年月日2020年5月20日
  • 定価本体690円+税
  • 判型・ページ数文庫判・192ページ
  • ISBN9784413097543
 

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